トキと地下壕
トキという人
トキについては意外と判らないことが多い。先づ兄弟でありながらどうして容貌がカイオウ・ラオウ様と著しく違うているのか(但しトキは長身ではある)、ラオウ様共々カイオウの妹であるサヤカとはどういう関係にあるか(支那では従弟でも弟、従妹でも妹と呼ぶ為、必ずしもトキと同じ父母から生れたとは限らない)、あのジャギとどういう感じで接していたのか(悪い関係ではなかったような?)、もし被爆しなければラオウ様・ケンシロウとユリアを奪い合うたのか(「見守るしかなかった」という『ユリア伝』の発言を信じるとすると?)、実際どのくらいの相手より強いのか(あの感じならサウザーに勝てそうではある)、などなど、トキは餘りに無制限に優しい為、登場期間の長さに比べて人柄を見通し憎い。病の為に激情を抑制したのか、元からそういう人なのか、いまいちよく判らない。幼年時のラオウ様に対する尊敬と憧憬、医術への志向、地下壕のエピソードを見るに、間違いなく善良で温和しい人であることに間違いはないと思うが、愛犬ココを射殺された時、闘勁呼法で凄んで見せた時の顔などを見ると、烈しい処もないではなく、その辺りをどう解釈するかによって評価が変る筈だ。何しろカイオウとラオウ様の弟である。病を得ねば或いは…とつい考えてしまう。
今は未だ平成十九年三月一日、『真救世主伝説北斗の拳 トキ伝』が公開されておらず、トキについては現在論じ憎い状況ではあるが、以下、取り敢ずトキの「地下壕」のエピソードについて考えてみた。
地下壕
餘りに有名なエピソードなので説明するのも野暮だが、一応念のために記しておく。
トキを捜し、マミヤの案内で漸くカサンドラに辿り着いたケンシロウは感慨深げに「ここに/トキが……」と零した(JC:06:178)。それを聞いてレイが「おまえが/それほど会いたい/トキとは/どういう男/なんだ……」と問うた。ケンシロウは曰ふ。「本来なら/かれが北斗神拳の/伝承者になるべき/はずの男だった…」「技の切れ/流れ 速さ/――心技体――どれを とっても/非のうちどころなく/あのジャギでさえも/認めていた……」「だが……」「あの時…」。此処から回想シーンである。核が世界を焼いた日、トキはユリアの手を引くケンシロウを地下壕に急かしていた。判りきったことを急かす辺り、トキも世話焼きだが、何となくケンシロウとユリアがグズグズしているような気もする。それはさておき、地下壕に辿り着いた三人は化石した。地下壕の中で鮨詰めの子どもたち、その中央で修道女らしき婦人が曰ふ。「ご…ごめんなさい/ここは もうひとり/いえ…どうつめても/ふたりまでです!!」「時間が ありません/すぐに死の灰が/押しよせてくるわ!!」。するとトキはケンシロウとユリアを地下壕に押込んで引戸を閉めようとする。ケンシロウが一瞬止めたが、トキは笑ってそのまま閉じた。ケンシロウは慌てて扉を開けようとするが、ユリアが後を見ながらケンシロウを呼ぶ。ケンシロウの目には鮨詰の子どもたち。ケンシロウは膝を着いて喚くしかなかった。「そして/2週間後/…………」「おれたちが/そのシェルターから/でた時……」。ケンシロウが真白なトキを助け起す。「や…/やあ…」と挨拶するトキ。「おれと/ユリアの/ために……/死の灰を浴び」「そして トキは/伝承者の道を/断念した…」。空に浮ぶトキが曰ふ。「ケンシロウ/おれは この先/人の命を/助ける/人間として/生きる…/もうすぐ おれは/死ぬ…」「それまでに/なん人の命を/助けることが/できるか/それが おれの/生きていた/という証だ!!」。
實に佳い話である。そりゃ柴咲コウも梶浦由紀もトキを推す筈だ。こんな好い人なかなかいない。実在するのかしら。然しこのエピソードには大きな問題がある。
- 「どうつめても/ふたりまで」?
- 白髪になった時期が他の回想と矛楯していないか?
この二つである。
「どうつめても/ふたりまで」?
昔から云われていることだが「どうつめても/ふたりまで」に見えない。立錐の余地すらないならまだしも、トキに押込まれたケンシロウとユリアの足元にはどう見たってトキが入るくらいの余地があった。どうして修道女らしき御婦人が「どうつめても/ふたりまで」なんて云ったのか判らない。このエピソードはトキの人柄を描く為になくてはならぬ故『真救世主伝説北斗の拳 ユリア伝』でも結構尺をとって丹念に描かれたが、老人が「老い先短い儂が代りに出よう」という以外目立った改変はなく、この問題は已然解決せぬままである。『ユリア伝』でこのように描かれた以上『トキ伝』でも恐らく解決しないだろう。テレビアニメ版では「扉が故障して外からでないと閉められない」と一応説明しているが、そう説明する御婦人が何故それを知り得たかが判らぬ為、これもまた変である。我々はこれを如何に解釈してこの名シーンを素直に鑑賞すればよいのだろうか。
先づ注目すべきは御婦人の台詞である。「ご…ごめんなさい/ここは もうひとり/いえ…どうつめても/ふたりまでです!!」「時間が ありません/すぐに死の灰が/押しよせてくるわ!!」。前半はスペースのことを云うているが、後半は時間のことを云うている。此処で不思議なのはどうして「どうつめても/ふたりまで」なんて極限の状態で待っていたか、ということだ。これだけ詰れば閉めてしもうて良かったのではなかろうか。どういうタイミングでトキらが来たかは判らぬが、変と云えば変である。また、こんな狭い地下壕で二週間も過ごせるものだろうか。便所も食糧の備蓄もないのだろうか。便所にまで鮨詰の状態でいたのだろうか。食料一箱くらい諦めてトキの為にスペースを確保してやれなんだのだろうか。こう考えると、もしかして此処は本当に地下壕か?核シェルターか?という疑問が湧く。
そう疑うようになったのが、かれこれもう七年も前だ。然し此処からなかなか考えが進まなかった。処が平成十九年二月二十七日深夜、急にふと浮んだ。『ユリア伝』を見て間がなかった為だろう。
あの子どもが鮨詰だったあの部屋は、核シェルターではなく、核シェルターに至る為のエレベーターだったのだ! 恐らく、あの御婦人はカソリック系の幼稚園の保母さんだったのだと思う。普段から避難訓練を怠らず演習していた御婦人は、核兵器使用の報を聞くや素早く園児らを誘導し、あのエレベーターに詰込んだのだと思う。処が園児が残り幾人かになった時、「ミ゛ーーーー!」と過積載警報装置が鳴った。このままでは全員入れてもエレベーターは動かない。然し御婦人は知っていた。エレベーターの過積載警報装置は入口辺りについている。奥の方に園児を押込めれば、あれだけ大きなエレベーターだ。まだ入る筈だ。御婦人は必至になって奥の方に園児を押込み、何とか警報装置を鳴り止ませた。
処がその時、妙に体格が佳い男二人と華奢な女一人が現れた。見たところ合計250kgはある。折角園児を詰込んだのに、250kgも載るのか? どうつめても100kg…、いや150kg…だいたい男一人女一人くらいか…。御婦人は意を決して「どうつめても/ふたりまで」と伝えた。出来れば三人載せたい。だが無理だ。「ミ゛ーーーー!」と鳴れば園児たちも全員死ぬ。小を採って大を損なうわけにはいかなかった。
だいたいこんな感じなら、あのシーンを素直に読めるのではないか。
白髪になった時期が他の回想と矛楯していないか?
これについては儂は昔から主張を変えていない。この時トキは白髪になどなっていない。この時は被爆しただけだ。
先づ余命三日のゲルツが奇跡の村について話した時に回想中に現れたトキは黒髪であった。奇跡の村の悲劇が核戦争後であることは奇跡の村のことをケンシロウが知らないことで明らかである。また『天の覇王』の記述からも悲劇が核戦争後であったことが判る。
またケンシロウに北斗神拳を医学に役立てる夢を語るトキも黒髪であった。この時トキとケンシロウが眺めた町並みは核戦争後と思しき荒廃工合である。
抑もトキは「ケンシロウ/おれは この先/人の命を/助ける/人間として/生きる…/もうすぐ おれは/死ぬ…」「それまでに/なん人の命を/助けることが/できるか/それが おれの/生きていた/という証だ!!」というているが、ケンシロウの話しぶりからすると、どうも被爆後のことらしい。ならば医療行為をはじめたこと自体、核戦争後のことであろう。だいたい北斗神拳の点穴術が国家に認められるとは思えぬ。多分国家が機能している間は如何に効果があろうと違法医療行為で何法に抵触するか知らないがトキの両手が後に回ってしもうたに違いない。トキが進んで違法行為に手を染めるとも思えぬから、きっと核戦争後のことだったと思う。
この二つの回想からトキは核戦争後暫くしてから白髪になったのだと判る。だいたいよく「マリー・アントワネットは一晩で白髪になった」とかいう俗説があるが、科学的にああいうことはあり得ない。白髪は白髪として生えるのである。トキが地下壕に居たのは二週間、その間に全ての髪が抜けてあそこまで伸びたなんて考えられない。被爆して二週間を経た後もトキはまだ黒髪だったのだ。
でも「や…/やあ…」の時にもう白髪だったじゃないか、という人が居るだろうが、あれはコンクリートなどが砕けた粉を被って白く見えているに過ぎない。その証拠にケンシロウとユリアがトキを抱いて落涙する齣を見よ。背にパラパラと粉が落ち、髪の地が黒いことが確認出来る。