ヒルカに辯護の餘地あり
2007/11/11 再編公開
冷酷非情といわれる男?
テレビアニメ版に拠るとヒルカはザク様の配下であったらしく、フドウとの戦いで多くの部下を失うたザク様の前に颯爽と現れフドウを陥れる「妙案」を献じている。その「妙案」というのが、我が子タンジとジロ*1を人質にして流砂地に放り込むというあの悪評高き計略で、そのような策を思いつき実行出来ることからだろう、「ヒルカとは拳王の部下の中で/最も冷酷非情と/いわれる男!!」(JC:14:021)と噂されていた。
処がよくよく考えてみると、ヒルカはフドウの村を襲うて子供を攫うたのだ。どの子供でも好きなだけ攫えた筈である*2。にも関わらず、ヒルカは子供を二人だけ、然も敢て我が子だけを攫うた。フドウを陥れるなら、別にどの子を選んでも同じではないか。いっそ全員人質にしたいくらいである。それを、どうしてヒルカはタンジとジロを攫うたのか。どうして他の子を放置したのだろうか。また命を取らなかったのか*3。
「拳王の部下の中で/最も冷酷非情と/いわれる男」にしては妙である。儂がヒルカなら我が子は選ばぬし、他の子も放っておかない。全員殺すか全員人質にするだろう。結局ヒルカはタンジとジロしか攫わなんだ為に、フドウは難なく陥れられたが、戻ってきたケンシロウまでは封じられなんだ。牙大王がマミヤとアイリを人質に取った時のことを思えば、幾ら人質を取ってもケンシロウを封じることは出来なんだことと思うが、それでもジャッカルのように巧くやればその場を逃げおおせるくらいの役にはたった筈だ。特にフドウを陥れた時、ヒルカは崖の上に陣取っていた。敵に足元を見られない位置にいた。足元に人質を隠してフドウの出方を探りながら人質を小出しにしてもよかったわけだ。それを、あれだけ周到に策を練られたヒルカにしては、杜撰ではないか。ヒルカはどうしてタンジとジロを殺さずフドウに拾わせたのか。どうしてタンジとジロだけを攫うたのか。どうして他の子に手を出さなんだのか。どうしてもっと人質を巧く使わなんだのか。「拳王の部下の中で/最も冷酷非情と/いわれる男」にしては、甘くはないか。
フドウの山は泰山か
フドウはザク様が差し向けた軍勢を斥け拳王様を二度も恐怖せしめた大暴の男である。「鬼のフドウ」の異名は伊達ではない。喩え泰山妖拳蛇咬帯を極めたヒルカといえど真正面から戦いを挑んではとても勝ちは得られまい。ヒルカはそのことを知っていたからこそ人質を取ったのだろう。泰山妖拳蛇咬帯を「拳王配下の/最強拳」(JC:14:043)と自慢する割に慎重である。口に反して實は己惚れてなどいなかった。
口振りから察するに、フドウとヒルカはお互いよく知る仲であったようだ。フドウはヒルカを視認するなり迷うことなく「ヒ…ヒルカ!!」(JC:14:023)と呼び、ヒルカが蛇咬帯でケンシロウに挑み掛るや「ケンシロウさん/気をつけなされ/その帯は/やつの手足!!」(JC:14:043)と注意を促している。またヒルカもタンジとジロがフドウに拾われていたことを知っていた*4。
『週刊少年ジャンプ特別編集 北斗の拳SPECIAL ALL ABOUT THE MAN』の「あたたQ&A」に拠ると、五車星の拳は南斗聖拳ではない。シュレンは己が拳を「五車炎情拳」と称し、ジュウザに至っては「我流」であった。フドウは拳法を使う(JC:13:091)が、それも南斗聖拳ではあるまい。だから北斗や南斗の道場を「約束」して襲うような真似が出来た(JC:15:037)。あれは道場破りだったのだ。
では、フドウの拳法は何流であろうか。
フドウとヒルカの近しさから思うに、フドウの拳法は泰山流ではないか。でなければ敵の虚を衝く泰山妖拳蛇咬帯のような拳の手の内をフドウが知るわけはあるまい。またヒルカの子がフドウに拾われる道筋も考え憎い。多分フドウはヒルカが子を捨てた時、その場にいたのだ。だからフドウはタンジとジロを拾い、ヒルカもタンジとジロがフドウに拾われたことを知っていた。假に知らなかったとしても、フドウの村でタンジとジロを見付けた時、「あ、拾われていたのだな」と思う程度で済んだ。でなければフドウが「見捨てはせぬ/実の父に捨て/られた兄弟を」と喚いた時に「えっ、俺の子だったの?」と多少は驚いたことと思う。
またヒルカがタンジとジロを捨てたことは多くの者が知っていたと考えられる。でなければヒルカは悪名高き男だ。タンジとジロのことを慮れば、普通は隠す。だがフドウはタンジとジロにも、そして部下にも隠していなかった。だからタンジとジロに堂々と「見捨てはせぬ/実の父に捨て/られた兄弟を」と宣うた。部下たちもケンシロウに「さらわれた/タンジとジロの実父で/ございます…やつは/一体なにをする気か…」(JC:14:021)と教える際にカンがいることを気にしなかった*5。タンジとジロはヒルカを「ヒルカという/男」(JC:14:018)と呼んでいたので、ヒルカの名を知らなかったと判るが、きっと悪名高き男であることは知っていたのだ。でなければフドウの部下たちが遠慮した筈だ。"悪名高き男"に「ヒルカ」という名が与えられても別段何も変らないと判断したから、フドウの部下はカンが居ることを気にしなかったのだ。
背中で泣いてる男の美学
およそ世の人は子を捨てる父を人でなしと呼ぶだろうが、儂はそうとも限らぬと考えている。家族の為に捨てたような恰好になることがあることがあれば、同じく子を持つ仲間の為に己の子を捨てる覚悟を強いられることもある。もっと大きな責任を負う者は世の為に子を捨てねばならぬこともあろう。前漢の祖劉邦など敗走の途で少しでも馬車を軽くし逃延びようとして幾度も子を捨てた。それで民心を損なわない文化もある。我々が軽々しく批判出来ることではない。
『北斗の拳』にしても、よくよく読んでみると、好意的に描かれた父親が案外我が子を捨てている。赤鯱の場合は仕方ないにしても、アサムは子を想いながら国の為に三王子殺害をケンシロウに依頼した。ラオウ様もリュウを想いながら大義の為に捨てた。シュウにしてもシバの死を誇りある死と案外あっさり割切っていた。エドワード・ジェンナーの故事が偉人伝に載るが如く*6、このような捨子は寧ろ人の涙を誘い餘人はその覚悟を誉め讃えるものだが、さて、それでも捨子は捨子、ヒルカがやったことと實は大差ない。アサムには事情があった、ラオウ様には大志と大義があった、シュウは聖人といってよい人格者だった、と云われるかも知れないが、ではヒルカがそうではなかったかというと、描かれていないだけでヒルカもそうだったかも知れず、神ならぬ人の身である我らにそれらを知る術がない以上、ヒルカは違うと言切れはしない。ヒルカにも事情があり、大志が、大義があり、もしかすると人格者だったかも知れないのだ。
「拳王の部下の中で/最も冷酷非情と/いわれる男」が…と云われる人もあろうが、然し「冷酷非情」が果たして非難されるべき悪徳であろうか。『論語』には「郷原は徳の賊なり」*7とある。世間で徳人と呼ばれる人ばかりが真に徳ある人とは限らない。司馬遷は「民倍本多巧、姦軌弄法、善人不能化、唯一切嚴削、為能齊之」*8として『史記』に「酷吏列伝第六十二」を置いた。「酷吏」とは文字通り冷酷非情に徹して法を遵守し刑を執行する役人のことだ。ヒルカも「唯一切嚴削、為能齊之」からこそ敢て「酷吏」として「冷酷非情」に振舞うたのかも知れない。リハクが「彼らは/その無惨な/戦いより/肉親の愛を/選んだ」(JC:15:155)と述べた時、好意的に描かれた拳王軍の将兵たちは皆一様に再会に涙する妻子を抱いていた。「肉親の愛を/選んだ」ということは、逆に云えばそれまで拳王軍の将兵は妻子を選んでこなかったわけだ。つまり妻子を捨てて拳王様に従うていた。ヒルカは覚悟が頑なで常軌を逸していただけで、實は心で泣いていたかも知れない。『論語』は謂う。「中行を得てこれに与せずんば必ずや狂狷か。狂者は進みて取り、狷者は為さざる所あり」*9と。ヒルカの「酷吏」ぶりも大志と節度が有り餘るが故の「狂狷」だったとは考えられまいか。
とすると、タンジとジロを捨てたヒルカと、タンジとジロ以外に手を出さなかったヒルカの間に、そう大きな距離はない。ヒルカがもし己を虚しうして大義に全てを捧げた「狂狷」に類する人であったとするならば、ヒルカが愛し慈しむ我が子タンジとジロはヒルカが虚しうする己に含まれよう。そしてヒルカが身を捧ぐ大義がフドウの正義と対立するのであれば、ヒルカはフドウを殺さねばならぬ。その為に虚しうする我に含まれるタンジとジロを使えるなら、ヒルカは進んで使わねばなるまい。その不退転の覚悟がヒルカを狂気に導いたとは考えられまいか。
またヒルカとフドウは世に名を馳せる英雄である。相争いただ一身が傷つき朽ちる何の悔いも憂いもあるまい。然しフドウが子が殺されるとなれば、話は別だ。如何に身を捨つる覚悟をしたフドウとはいえ、フドウの子は養子であり、如何に愛し慈しもうとフドウと同じではない。フドウが身を捧げた義に属するものである。故にヒルカと違いフドウは子を捨てられはしない。フドウは子の為に死なねばならない。
ヒルカはフドウの養子を殺す以外にフドウを殺す術を持たない。だからヒルカはフドウの養子を殺さねばならない。然し如何に大義に身を捧げたヒルカと雖もフドウの養子まで殺していい謂れはない。だがやらねばならぬ。ではこの罪は如何にして贖われるべきか。だからヒルカはタンジとジロだけを選んだのではないか。タンジとジロはフドウの養子である。フドウの養子を殺す罪は免れようがない。だが殺す子がタンジとジロであればヒルカもフドウと同じ苦しみを味わうことになる。ともに愛しい子を失うのだ。その苦しみを共有することでヒルカはフドウに申訳を立てたのではあるまいか。
そう考えれば、何故フドウ殺しには周到な策を立てたヒルカが、ラオウ様と引分けたケンシロウに軽々しく拳法勝負を挑んだのかも判ろうものだ。大義の為に我が子を殺そうとしながら策敗れ、フドウ殺害を果たせなかったヒルカは、最早生きながらにして全てを失うた身だったのだ。大義に捧げる身も我が子も既にない。あそこまでやってし損じた以上、ヒルカは生きてはいけない。だからケンシロウに真正面から挑み殺された。あれは自殺だったのだ。精々見苦しく振舞うて死ぬことがヒルカにとってタンジとジロ、そしてフドウへの精一杯の謝罪ではなかったか。そうは考えられまいか。
ヒルカは「拳王の部下の中で/最も冷酷非情と/いわれる男」である。きっと部下を見殺しにしたこともあれば、上官を追い落とし或いは陥れたこともあっただろう。だが出世栄達の為だけにそうしたとは限らない。「狂狷」に類する人であってもそれくらいするだろう。ヒルカがそうであったと保証する根拠は確かにない。だがそうでなかったと否定する材料もない。可能性の問題として、その可能性だけは考えて置いた方がよかろうと儂は思う。