好意的に
過ぎるんじゃないかしら

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『殉愛の章』を観て

 『真救世主伝説北斗の拳 ラオウ伝 激闘の章』を映画館で見た直後の感想です。


『殉愛の章』を観て

集まる批判

 『真救世主伝説 北斗の拳 ラオウ伝 殉愛の章』*1は公開直後に友人夫婦と三人で観に行った。儂はアニメを長時間観るのが苦手で、アニメなんてものは三十分以内に収めるもんだ、出来れば十五分以下が望ましい、と常々思うていたのだが、どういうわけか『殉愛の章』は上映時間實に九十五分にも及ぶのに、意外と苦痛を感じず観ることが出来た。前の劇場版『北斗の拳』が辛かったことから、別に『北斗の拳』だから、というわけではなかったと思う。恐らく公開前のイベントで監督が「実写映画のように撮った」と云うていたから、アニメ特有の儂に苦痛を与える要素が少かったのだろう。
 処がこの映画、どういうわけか公開前から批判が多い。公開前から、ということで、事情を知らない人には奇異に感じられるかも知れないが、これが實にくだらない批判で、要は宇梶剛士、阿部寛、柴咲コウという三人の有名人を声優に起用したことで、テレビシリーズの従来の声優を望んでいた者ども、専業の声優の起用を望んでいた者どもが、思い通りにならなかったと喚いていただけのこと、批判の内容は實に御粗末、三人の起用が発表された時点、まだ予告編も作られておらぬ時に、もう批判の声が上がっていたくらいだった。
 こんな批判、批判としての価値など一毛とてあるまい。これを書いている今も、OVA『真救世主伝説 北斗の拳 ユリア伝』のキャストが公開されて、ユリアを石田ゆり子、ジャギをデビット伊東が演じることが決っているが、まだ予告編に一声も充てられておらぬ時から、もう石田ゆり子、デビット伊東起用に対する批判を見聞きする。呆れるしかない。特にデビット伊東に対する批判が馬鹿馬鹿しい。「芸人に声を充てさせるなんて冒涜だ」なんて、職業差別じゃないか? 大病患うた後の復帰の仕事だってのに、こんな相手じゃ、やり甲斐もない。もしかして自称ファンどもは敢て駄作になることを望んでいるのではあるまいな。タナトスの変形であろうか。
 批判はしたが、自分は違う、と思うている人も、「有名人を起用したこと」「専業の声優でないこと」「テレビシリーズの声優でないこと」を批判していたのであれば、そう程度は違わない。このような批判が批判として成立していないことに気付いていないなら同じである。批判がこの三つのいずれかに属する限り、どう言葉を繕おうと筋違いである。

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aside

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