北斗の拳 蒼天の拳 DFS 北斗の庭園
週刊コミックバンチ 2010 No.24


週刊コミックバンチ 2010 No.24

 お夕様! 刀が武士の魂になるのは江戸時代になってからで御座います! この頃は未だ単なる闘争の道具です! 折っても捨てても大丈夫です! 「塵芥集」にこの手の問題について記述があったか否かは知らんけど、こんなことで子供を切る武士は未だ居なかったと思います! 然も当時の奥羽の文化は畿内より三十年は遅れていたというので、時代を先取りしすぎています!
続き

『義風堂々!! 直江兼続 前田慶次 月語り』

 家康のムキュムキュは面白いな。なんか後家好みの家康のイメージに合わない筈だけどいいよ。
 今回のお話も隆慶一郎の衣鉢を継ぐものだけど、隆慶一郎様式のいくさ人の理窟って、案外理論的なんだよな。隆慶一郎がフランス文学者であったことから当時のフランス現代思想……つまり今のモダニズムに通じていたことから、道理といえば道理なのだけど、隆慶一郎はロマンティックながらプラグマティックでもあって、こういう辺りが油断ならないのだよ。ホモっぽい友情を物凄く論理的に描いているんですよ。

『北斗の拳 ジュウザ外伝 彷徨の雲』

 神父って……核戦争後もカソリックは存続してたのね……そんな戦争があったら確実にバチカンは核兵器の標的になってそうなもんだけど、その辺りはどうなんだろう。まぁ、「心の教会」がある限りバチカンの有無は関係ないといえば関係ないか。
 ジュウザが一方的にヨナを蹴りまくるシーンが面白かった。笑いを誘う。何の笑いだろう、これ。見れば見た分だけ面白いんだけど、どうしてだ。
 ジュドルがヨナ統治下でしか流通しないことが判って一安心、中央帝都の貨幣と同名なのは偶然だよね、偶然でいいよね。

『北斗神話の深層心理カルテ 〜北斗神拳とはなんだったのか〜』

 つまりこれは権威主義の否定ということだろうか。確かに『北斗の拳』では権威を笠に着る行為が否定されがちではあるな。だからジャコウなんて最悪だものな。儂はカイオウもそうした一人で、實は修羅の国にも天帝のような象徴君主が居るのだと考えているのだけど(だからカイオウは"将"を名乗る)、サヴァの三兄弟なんかも偉大な父王アサムという権威に甘える馬鹿どもとして描かれてるから、そういうことなんだろうね。ラオウ様やサウザーが否定されないのは、本人が権威と同一だからだろう。ラオウ様なんて天帝の権威を憚って王位を称されているくらいだもんな。権威を笠に着るどころか、あれだけ偉大でありながら謙譲の美徳をもお修めだからなぁ、流石拳王様。

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