中ると複雑な気分よね…
あらゆる意味でさ…

北斗の拳 蒼天の拳 DFS 北斗の庭園
拳志郎→コウリュウ説

 2001年当時に『北斗の拳』界隈で流行した「霞拳志郎・コウリュウ同一人物説」について書いています。


拳志郎→コウリュウ説

コウリュウ説流行

 コウリュウはリュウケンとともに「竜虎」と並び称された人である。「竜虎」というても『暴れん坊將軍』や『若大将天下ご免』に出演していた元力士のことではない。龍と虎くらい拮抗している二人の謂いで、ラオウ様曰わくコウリュウの方が強かったそうだ。
 このコウリュウ、見た目がヒッピー臭い老人で、然も一話限りの登場ある。恐らくハート程、ヌメリ程、サモト程、クジン程のファンもなく殆ど顧みられることがなかった人物であるが、2001年春頃の一時だけ北斗istがコウリュウで騒いだことがあった。『蒼天の拳』の連載がはじまった頃のことである。

続き

 我々の目にはじめて『蒼天の拳』第一話が触れたのは『週刊コミックバンチ』創刊号が発売されるよりも前のことである。創刊号に先行してセブンイレブンに並んだ『北斗の拳Special』なる冊子にまだネームしか出来ていない『蒼天の拳』の冒頭部が載っていたのだ。その下書きの段階で霞羅門(のちのリュウケン)が赤子に「拳四郎」と名付け(完成稿では「ケンシロウ」)、兄に因む名だと明かしていた。これを読んで他にも同じことを考えた人は沢山居たと思うが、儂の界隈では儂が最初だったと思う。『修羅の国』か『北斗西斗』の掲示板に

「霞拳志郎って、のちのコウリュウでは?」

 と投稿した。
 最初は冗談だった。当時はこういう冗談が流行っていたのだ。だがバンチ創刊号発売日になって第一話を読終えると、案外この説は中るかも知れぬ、少なくとも矛楯はしないのではないか、と思うに及んだ。儂はきっとアホなのだ。

コウリュウと拳志郎の類似点

 先づコウリュウの初登場シーンを思い出して貰いたい。コウリュウは、あのラオウ様が後ろに立ったのを、振返りもせずに察知している。コウリュウはどうして背後のラオウ様の存在を察知し得たのであろうか。そう、霞拳志郎が李永健の存在を察知したのと同じ嗅覚であったと解釈し得るのである。霞拳志郎の猟犬に匹敵する嗅覚が、コウリュウにも具わっているように見えるのだ。
 また『蒼天の拳』を読進めると霞拳志郎は再び上海に渡る際「戻らなかったら」という条件で霞羅門に伝承者の座を譲っている。ジャギとケンシロウのような伝承者争いが六十二代から六十三代の間にはなかったわけだ。コウリュウも、ラオウ様のお話によるとリュウケンに争わずして伝承者の座を譲っている。もし霞拳志郎とコウリュウが別人であったとすると筋が通らない。何故なら霞拳志郎が霞羅門に北斗神拳を継げと命じた時点でコウリュウはリュウケンに伝承者の座を譲ることが出来なくなっている。譲るも何も六十二代伝承者が六十三代伝承者をリュウケンに指名しているからだ。これではコウリュウがリュウケンの継承を「認める」ことは出来ても「譲る」ことは出来ない。もしコウリュウがリュウケンに伝承者を譲ろうと思うならば、先づ霞拳志郎は次代伝承者の決定権を一旦前伝承者霞鉄心に委ねておらねばならず、その上で霞鉄心の指導の下、コウリュウと羅門が競っていなければならない。そうなっていないということは、霞拳志郎が霞羅門に伝承者を譲ったこととコウリュウがリュウケンに伝承者を譲ったことは同じ事件だったのだと解釈するのが筋である。即ち霞拳志郎とコウリュウが同一人物であったと解釈出来る。
hypothesis200105220000.gif 更にコウリュウとラオウ様が向い合うた絵と霞拳志郎と劉宗武が並んでいる絵を見較べて貰おう。劉宗武は戦うている時こそ体躯が肥大しているように見えるが、ただ話をしているだけの絵を見ると霞拳志郎より少しばかり背が高く、他の人物と並んでいるのを見るとだいたいラオウ様と同程度の体格である。一方コウリュウとラオウ様を比べるとややコウリュウが低い。ラオウ様と劉宗武の背丈がほぼ同じであるとすると、コウリュウと霞拳志郎はともにラオウ様・劉宗武より少しばかり背が低いことになる。即ち霞拳志郎とコウリュウは同程度の背丈である。
 霞拳志郎とコウリュウは以上三つの条件、特徴で同一人物と見なしうる。そう思うてコウリュウの衣装を見ると、1960年代後半に流行したヒッピーのようであるが、ヒッピーとは伝統的な価値観、制度を否定するムーブメントを謂い、一言で謂おうと思うならば、「奔放」という言葉も使えよう。霞拳志郎は「北斗神拳史上最も奔放苛烈」だったと伝えられ、霞拳志郎が1960年代後半まで生残れば、恐らく五十半ばを超えていただろうが、ヒッピーのブームに乗りそうではある。霞拳志郎は、もしや真実のちのコウリュウではなかろうか。

コウリュウ=拳志郎説反論*1

 此処まで考えて、そうだ、霞拳志郎はのちのコウリュウだ、と断定して締めてもよいのだが、考えられる反対意見も一応書いておこう。それは年齢である。
 1935年当時霞拳志郎が三十歳前後であったとするならば、生年は1905年前後、没年が1995年であるから(年表参照)享年九十前後であるが、その割に息子のゼウスとアウスが若い。この頃まだ三十くらいのラオウ様が行く末を諭すくらいだからアウスもゼウスも大学生くらいの年頃だろう。とすると、この二人はコウリュウが七十くらいで作った子だ、という勘定になる。そりゃ北斗神拳で鍛えた人から、普通の人よりは健康かも知れぬし、儂の知合いには父七十二の子という人もいる。名は忘れたがイギリスの俳優で九十の時に子を儲けた人も居た。だから無理ではないのだが、どうにもこれは辛い。不自然だ。『バキ』*2の劉海王、郭海王のような人を想像するより他ないが、それが果たして『北斗の拳』で成立し得るだろうか。
 まぁ、『蒼天の拳』にはジュウケイも出て来ていることだし、コウリュウが出てくる可能性もこの後ないとは云えぬ。もしコウリュウが出てこずに霞拳志郎が生延びたならば、作者がコウリュウの存在を忘れたか、儂の推測が当たったか、ということになるが、さてさて『蒼天の拳』、どうなることやら。

aside

*1
2006/11/07.追記
*2

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