抹香臭い話ね

北斗の拳 蒼天の拳 DFS 北斗の庭園
究極奥義「無想転生」の仏教思想的根拠

 北斗神拳究極奥義「無想転生」の理論的根拠を仏教に求めて考察、解説してみました。


究極奥義「無想転生」の仏教思想的根拠

 北斗神拳究極奥義「無想転生」は凄まじい奥義である。先づ意味が判らない。そして効果もよく判らない。故にゲームでは単なる無敵時間として表現され、或いは分身のように扱われてきて、その理論的根拠を吟味されたことは殆どなかった。
 処が『蒼天の拳』『真世紀末救世主伝説 北斗の拳』の関連で北斗神拳が仏教、特に密教と深く結びついていることが公式に認められ*1、物理的実現可能性は不明ながら、無想転生の理念的、観念的根拠については仏教思想で説明出来るようになった。

続き

 北斗神拳の創始については『北斗の拳』本篇に於いてケンシロウが口述した女人像伝説がよく知られているが(JC:24:008-024)、これは飽くまでも北斗宗家に伝わる伝説であって、客観的史実として読切版『北斗の拳』と『蒼天の拳』の冒頭で語られた伝承があることを無視してはならないだろう。此処では正史である『蒼天の拳』から引用する。

ここに一子相伝をもって
秘匿され続けてきた
窮極の殺戮暗殺の拳がある
その名も――
北斗神拳
この拳法の創始は
およそ一八〇〇年前
三国志の時代に
さかのぼる
まだ小勢力であった
西方の浮屠教徒
(仏教徒)たちが
群雄割拠する乱世にあり
その教えを守り
生き抜くために
あみだした秘拳であった……

 此処で重要なのは「三国志の時代」と「西方の浮屠教徒」と「群雄割拠する乱世」だ。
 先づ「三国志の時代」であるが、これは三国時代と同一ではない。何故なら三国時代は「群雄割拠する乱世」ではないからだ。普通に「三国志の時代」と謂う場合は後漢末を指す。何故なら陳寿『三國志』(史書。正史)も羅貫中『三國志演義』(小説)も後漢末の群雄割拠の混乱を主に記しているからだ。「三国志の時代」は「三国志(で描かれた群雄割拠)の時代」を指している。三国時代は群雄割拠の乱世が治り支那が三つの国に分れていた頃のことである。三国時代は乱世ではあっても群雄は割拠していない。
 この頃に「浮屠教徒」が「小勢力」であったことは確かである。後漢末を遡ること百年から百九十年前より仏教は信仰されはじめたが、決して一般化はしていなかった。仏教が支那に根付くのは魏晋時代からである。
 意外に思われるかも知れぬが、『北斗の拳』『蒼天の拳』の時代考証は案外正しい。間違いらしい間違いがない。仮令ば六十二代北斗神拳伝承者霞拳志郎は愛新覚羅溥儀に対してこんなことを云っている。

死んじまえば
人間所詮
クソ袋
よ!!

 この「クソ袋」という言葉は仏教の開祖ゴータマ・ブッダの説法集『スッタニパータ』835節にある「糞尿に満ちたこの(女が)そもそも何ものなのだろう」に基づく仏教語である。禅宗で好んで使われる表現で、仏教ではこのようにして人体を憎み蔑んで解脱(成仏)を図る。奔放苛烈に見える拳志郎だが、意外と真面目に仏教徒なのである。
 その拳志郎が『蒼天の拳』作中に於いて『北斗の拳』で「北斗/二千年の歴史の/中で それを体得/した者はおらぬ」とリュウケンが述べた北斗神拳究極奥義「無想転生」を発現する場面がある(BC:14:064-071)。この頃『蒼天の拳』の原作者である堀江信彦は「無想転生は無なので体得出来ない。その境地に至った者から自ずと生ずるものだ。使おうと思えば使えない」と説明している。この説明は些か「無想陰殺」と通じており混同してしまいそうではある。然しこれもゴータマ・ブッダの教説にその根拠を見出すことが出来る。仏教は「苦楽」や「有無」を超えた「二辺の中道」を説く。苦しみすぎず、楽しみすぎず、有るでもなく、無いでもない、その中を往く、それが成仏の道だと説き、その窮極にはその理法さえも捨ててしまえと教える。意外と堀江御大は仏教を学んでおり、きちんと理解されている。
 処で『北斗の拳』では「無想転生」をどのように説明しているのだろうか。断片的ではあるが、きちんと描かれている。
 先づケンシロウがはじめて「無想転生」を顕現せしめた時、ラオウ様はケンシロウの肉体を二度砕いている。砕いている筈なのに、砕けていない処か、トキの拳、レイの拳で反撃されている。そのことについてラオウ様は「やつは実体を/空に消し/去ったと/いうのか!!」と分析されている(JC:14:168)。
 次にラオウ様はリュウケンの言葉を想起召される。リュウケン曰く「この世で最強のものは/無…その無より/転じて生を拾う」「それが/無想転生」「ラ…ラオウ/うぬがいかに/強大になろうとも/この奥義だけは/つかめぬ!!」「な…/なぜならば/うぬは…」「あまりに/強大な/その野望ゆえ/に…哀しみを/知らぬ」(JC:14:171)。
 ケンシロウに敗れ恐怖を覚えたラオウ様は(JC:14:175)初めて恐怖を覚えた相手であるフドウと戦い克服せんと思し召すも、その再び恐怖召されて敗れ(JC:15:086)、竟に「おれを恐怖/させたもの…/それは」「愛か!!」と悟られる。
 つまりまとめると以下のようになる。

  • 「無」から「生」
  • 「空」に消し去る
  • 「哀しみ」を知らねばならぬ
  • 哀しみは「愛」

 これは可成り具体的である。物理的な原理は判らぬまでも、思想的根拠は可成り明解だ。これは大乗仏教の中観で解釈可能だ。
 というのも、先づ「無」であるが、この「無」は漢字義的に解釈してはならない。仏教には「空」の思想があり、これを支那人ははじめ『老子』が説く「無」と同じように解釈した。『老子』には「部屋は中が無であることで有為となる部屋の中が有であれば部屋は無為となる」とあり、無は無であることで有為である(使うことが出来る)と説く。仏教の「空」も同じように考えたのだ。
 然し仏教の「空」は「無」ではない。原義は「無価値」だが同時に「無制限」も意味する。だから「有」でも「無」でもない。「有無」を超えた概念である。このことを支那人は五世紀頃まで気付かなかった。
 「無…その無より/転じて生を拾う」は「無想転生」の「無」が『老子』の「無」ではなく仏教の「空」であることを示している。何故なら「無想転生」の「無」が「転じて生を拾う」からである。「無」に対しての「生」は「いきる」を意味しない。「うまれる」である。つまり「有」になることだ。従って「無より/転じて生を拾う」は「無」が「有」に「転じ」ることを意味する。
 仏伝を読むとゴータマ・ブッダはよく「どうでもいい」と述べている。畢竟「空」とは「どうでもいい」のことだ。ゴータマ・ブッダは「苦楽」も「有無」は「どうでもいい」と述べている。これが「空」である。抑も「苦楽」は「輪廻転生と涅槃寂静」である。「輪廻転生」が「苦」、「涅槃寂静」が「楽」に対応する。「有無」も同じである。「有」が「苦」「輪廻転生」、「無」が「楽」「涅槃寂静」に対応する。
 ユリアに拠って「愛」と「哀しみ」を知ったラオウ様は謂う。「もう 天など/どうでも/よい!」「いや/おれが望んだ/天とは きさま/だったのかも/知れぬ!!」(JC:15:124)。そう、「どうでも/よい!」だ。ラオウ様は「空」の境地に至った。だから「無想転生」をお修めになることが出来た。

 では何故「空」の境地に至るには「愛」と「哀しみ」を知らねばならぬのか。それは北斗神拳が大乗仏教だからである。
 仏教には大きく分けて二つの流れがある。先づ出家主義である上座仏教、成仏する為には必ず出家しなければならない、出家せずに成仏することはあり得ないとする派である。そして在家主義である大乗仏教、日常の生活の中でも成仏を目指し、日常の中にこそ成仏の道があるとする派だ。上座仏教は仏の「智慧」を説き、大乗仏教は仏の「慈悲」を説く。
 仏教の「慈悲」は儒教で謂う「仁愛」とほぼ同じ概念である。つまり「愛」だ。戦国時代のキリスト教イエズス会の宣教師は同じことを「御大切」と訳しているが、今日では専ら「愛」を用いる。
 この「慈悲」は「慈」と「悲」に分けることが出来る。
 「慈」はゴータマ・ブッダが使ったとされるパーリ語では「metta」と謂う。原義は「友情」「盟約」「約束」である。成程、だから「無想転生」を顕現するとトキやレイやシュウが現れ出る。「愛」には友情が含まれる。故に「強敵(とも)」を背負う。またユリアの星は「慈母星」である。だからユリアは待つ。「ユリア…/死ぬなよ/おれのために…/生きつづけろ/………」と約束したからだ(JC:01:185)。約束を破ろうとしても破れない。「愛」には約束が含まれる。カイオウを「倒すことが/愛!!」になるのも仏教的には当然といえる(JC:24:025)。何故なら「慈」の定義は「楽を与える」ことである。仏教に於ける「楽」は「涅槃寂静」「無」、即ち「永遠の死」である。「愛」は殺すことでもあるのだ。
 「悲」はパーリ語で「karuNaa」と謂う。これはそのまま「かなしみ」と読んでよい。「哀しみ」と同義である。別訳では「憐愍」「憐憫」などとも謂う。大乗仏教の窮極は「大悲」とし、「大悲観世音菩薩」「大悲毘盧遮那佛」などと仏尊の名に冠したりする。北斗宗家が仏教徒であり、「哀しみ」を重んじるということが、即ち北斗神拳を大乗仏教にしている。

 大乗仏教は様々な流派に分れ、實に様々な経典を根本経典とするが、その基礎は「般若経典」と呼ばれるもので、だいたい紀元後五十年頃までには成立していたであろうとされる『八千頌般若経』に基づく思想を継いでいる。その教義は「空」であるが、最初この思想は単に仏を誉め讃える讃仏運動から生じたもので、思想基盤が脆弱で、出家者集団である上座仏教に相手にされなかった。
 この脆弱な大乗仏教に思想的根拠を与えたのが、後に「八宗の始祖」と呼ばれるナーガールジュナ(龍樹 150?-250?)である。ナーガールジュナは無敵の弁論家で、議論に滅法強く、仏教の内外を問わず議論しては必ず勝利を収める恐ろしい男だった。隠形の術と医術(錬金術)をよくしたという。
 ナーガールジュナの議論は帰謬法と呼ばれる。簡単に説明すると、相手の主張が「AはBである」とすると、その否定「-Aは-Bである」を仮定し、それに矛楯がなければ真、矛楯があれば偽であることを証明する手法である。つまり相手の主張の反対を主張してみて相手の過失を暴くやり方である。いうなれば「水影心」みたいなものだ。そう、ナーガールジュナは「水影心」を使うのだ。いや、「無想転生」を使うのだ。そりゃ無敵の筈だ。
 ナーガールジュナの思想を「中観」とか「空観」という。上記に説いた「無想転生」の「無」の解釈だ。ナーガールジュナは「無」を「有」にする作用を「戯論」と呼んでいるが、原語は「prapanca」、直訳すると「五大(五大元素)を現す」、意訳すると「物質を有るようにする」くらいになる。ゴータマ・ブッダの教説では単に「どうでもいい」であった「空」がナーガールジュナに至って「無を有」にする作用に発展している。これが「無想転生」の思想的根拠になる。

 ではこのナーガールジュナの説はどのようにして支那に伝えられたのか…というと、これが五世紀に姚秦の訳経僧クマラジーヴァ(鳩摩羅什 350-409)が『中論』を漢訳するまで知り得なかった。仮にシュケンが「無想転生」を編み出し得たとする場合、年代的にシュケンはナーガールジュナの中観思想を知り得ず、従って「無想転生」の思想的根拠になり得ないことになる。これは困った。
 ……と儂以外の者なら諦める所だろうが、實はそうはならない。何故ならシュケンは月氏に西斗月拳を学んでいる。ならばシュケンは中観思想を知り得るのだ。
 というのも、ナーガールジュナには『方便心論』という著作がある。472年に漢訳されたもので、原本は残っていないが、内容は非仏教徒であるチャラカ学派の論駁である。
 チャラカ学派は所謂インド伝承医学のひとつで、クシャナ王朝カニシカ一世の侍医チャラカを祖とする。『方便心論』の原本は残っていないがチャラカ学派の医術書『チャラカ・サンヒター』は残っていて、その思想は現代でも伝えられている。
 チャラカ学派に拠ると、人の身体は黄道十二星座と対応しているらしい。そして病の原因はドーシャ(気)が増えすぎることで、その病は星座に擬えた体表の座に表れ、『チャラカ・サンヒター』には病とドーシャが流れる経絡(!)の関係が詳細に記されている。
 チャラカの生没年は判らないが、チャラカが仕えたカニシカ一世はナーガールジュナと同時代の人である。そしてこのクシャナ王朝が、他ならぬ月氏の王朝であった。
 『蒼天の拳』で語られる処によると、経絡秘孔の知識はシュケンがヤーマに学んだものである。そしてヤーマは月氏の女である。クシャナ王朝は月氏の王朝であり、気と経絡の知識を持っていたことは事実である。そしてその周辺にナーガールジュナが居て、「無想転生」の思想的根拠を持っていた。
 では「無想転生」も経絡秘孔の知識と同じく西斗月拳の奥義なのか……というと、そうはならない。何故ならカニシカ一世も仏教の帰依に篤い王であったそうだが、カニシカ一世が帰依した仏教は上座仏教で、ナーガールジュナの思想とは敵対している(但しカニシカ一世は全ての宗教を分け隔てなく庇護した)。そしてナーガールジュナはクシャナ王朝の南で栄えたアーンドラ朝(サータヴァーハナ朝)の王家に仕えていた。チャルカ学派を論駁したが、クシャナ王国に住んでいたわけではない。往来はしたかも知れないが、クシャナ王国の主流になることはなかった。
 抑もナーガールジュナは大乗仏教を理論付けた始祖として仰がれるが、實はナーガールジュナ自身が大乗仏教徒であったか否かは明らかではない。上座仏教徒であったかも知れず、またヒンドゥー教水銀派(錬金術派)の始祖と仰がれることもあり、よく判らない。アーンドラ人じたいがドラヴィタ系の集団で、バラモン教を信仰したが、仏教やジャイナ教も信仰していたから、曖昧なのだ。大乗仏教もバラモン教(ヒンドゥー教の前身)の信仰を取り入れて発展した仏教故に曖昧である。ただナーガールジュナの思想が伝えられるのみだ。

 以上のことから、恐らく西斗月拳がもつ経絡秘孔の知識はチャルカ学派かそれに近い学派の説に基づくだろう。そして仏教徒である西斗月拳の門人たちはナーガールジュナの思想も知っていた。そのナーガールジュナの思想が北斗神拳究極奥義「無想転生」の思想的根拠となるものである。西斗月拳がナーガールジュナをどのように扱うたかは判らぬが、シュケンは西斗月拳を介して中観思想を知り得た。
 因みにアーンドラ朝が栄えたのはインドのデカン高原である。『北斗の拳4 七星覇拳伝 北斗神拳の彼方へ』の最初のボス、「ジャキさま」の元部下デカンのことを思い出す。アーンドラ人は「デカンぞく」と呼び得る。アーンドラ人の部隊は「デカンぶたい」だ。「あ〜ららららっ」や「ぐにょろろ〜」がアーンドラ語かどうかは知らない。

aside

*1
儂の周囲では1998年頃から当り前に論じられていたが。

Comment List

にくすかんぱーな

2010.06/10,(木)19:23 edi/del

>ユリアに拠って「愛」と「哀しみ」を知ったラオウ様は謂う。「もう 天など/どうでも/よい!」「いや/おれが望んだ/天とは きさま/だったのかも/知れぬ!!」(JC:15:124)。そう、「どうでも/よい!」だ。ラオウ様は「空」の境地に至った。だから「無想転生」をお修めになることが出来た。

なぜ北斗神拳が英雄の守護拳なのかが分かりますね。北斗神拳伝承者は北斗神拳を極めれば『空』となり『愛』を知る。

逆に考えれば、空となって欲望すらも失い、愛に生きるのでは、国家の統治者には向かないと思います。

自らの欲望を捨てているからこそ、凶悪な暗殺拳を自らの欲望で使用せずに済む。誰かのためにのみ使用できる。自らが『英雄』になってしまったら、自らのために凶悪な暗殺拳を使わなくてはならなくなる。

そのあたりが北斗神拳を、『英雄になる拳』ではなく『英雄を守護する拳』にさせた由縁かも知れませんね。

>つまり相手の主張の反対を主張してみて相手の過失を暴くやり方である。いうなれば「水影心」みたいなものだ。そう、ナーガールジュナは「水影心」を使うのだ。いや、「無想転生」を使うのだ。そりゃ無敵の筈だ。

言葉の魔術師みたいな人ですね。言葉の戦いにおいて無想転生を心に、口から水影心を繰り出すような、偉人さん。

根源的には、無双転生と水影心はおなじ意味で、ある意味ではどちらか過程、ある意味ではどちらかが結果、くるくると無限に回るメビウスの輪……ちょっと言葉で遊んでみる(笑)


>北斗の拳4 七星覇拳伝 北斗神拳の彼方へ』の最初のボス、「ジャキさま」の元部下デカン

これはもう、北斗の拳4こそ北斗の真理にもっとも近づいたゲームだと言っても過言ではないのでしょうか(笑)

愛忍者 URL

2010.06/10,(木)23:17 edi/del

>英雄

 因みにナーガールジュナの名は

ナーガ:蛇、龍
アルジュナ:樹木の名、或いは英雄の名

 を合成したもので、漢訳で「龍猛」とされることもあります。直訳すると「龍の英雄」。

>言葉の魔術師

 現に魔術を使えたという伝承もあるし、帰謬法も「絶対に負けないから」という理由で後のインド弁論術では禁じ手にされてるんですよ。つまりインド弁論術究極奥義。

にくすかんぱーな

2010.06/11,(金)01:00 edi/del

>因みにナーガールジュナの名は

>ナーガ:蛇、龍
>アルジュナ:樹木の名、或いは英雄の名

龍の英雄ですか………五爪の龍……まさか、あの龍の正体は、かつて英雄だった者か!!

あるいはナーガールジュナその人か!

などと考えてみる。

>帰謬法も「絶対に負けないから」
学べばカルト教団を創設して一儲け……(ごめんなさい)

でも霞兄弟なら闘えそう、話していても論点がかみ合わず、すぐ「なにそれ!? ○○は関係ないよ?」と言うから、あまり会話ならないけど。

>現に魔術を使えたという

ちなみに、私は『ナーガールジュナ』と聞いて、おっぱいが大きな魔術師を思い浮かべました。トゲトゲのショルダーガードを装備して高笑いする人です。

愛忍者 URL

2010.06/11,(金)21:33 edi/del

>学べばカルト教団を創設して一儲け……

 日本じゃ宮崎哲哉が既に遣い手として知られてるよ。

>おっぱいが大きな魔術師を思い浮かべました

 一晩考えてさっきやっと判った。そういえばケーブルテレビでえらく集中的にやってる時期があったなぁ。

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