珍しく家族の話を書いたのよ

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『蒼天の拳』第一話の衝撃

 『蒼天の拳』第一話にまつわる自分のお話です。


『蒼天の拳』第一話の衝撃

  已經死了

 今では仕事柄雑誌を買う機会に恵まれぬので購読していないが、創刊後一年くらい、本の購入方法が町の本屋からAmazon.comに移行するまでは出来るだけ忘れぬよう毎週『コミックバンチ』を買いに出掛けていた。
 『コミックバンチ』の創刊は当時相当世間の評判を取った。出版業界にとってなかなか大きな出来事だったらしい。だが、儂は創刊号を購入、『蒼天の拳』第一話を読んで、愛新覚羅溥儀の登場と、霞拳志郎の決め台詞「  已經死了」に、別の意味で大きな衝撃を受けた。

続き

板東英二と一緒に帰ってきたらしい

 儂が幼い頃に聞いた話だ。
 うちの母親は、祖父が日本企業の支社長として満洲に渡った為、満洲国奉天で育った。因みに奉天は後に瀋陽と改称し、其処で儂がデビューから愛してやまぬ功夫明星"李連杰"、俗に謂うジェット・リーが生れている。それを知ったのは二十一世紀になってからだ。奇縁といえば奇縁であろう。李連杰は兎も角、儂は母を介して満洲と縁がある。
 御存知の通り、満州国は1945年八月九日、北方四島ともども一方的に日ソ中立条約(不戦条約)を破棄したソ連の侵攻を受けた。満洲にいた関東軍は、勝手に張作霖爆殺事件や満州事変など大戦に至る原因を作っておいて、いざソ連の侵攻を受けると国民を置いてさっさと日本に逃げ帰っている。だから儂は戦後の右翼、日本帝国軍讃美者が大嫌いだ。所詮日本帝国軍の司令部など、後からどう糊塗しようとこの程度の連中だったのだ。
 攻めてきたソ連軍も負けず劣らず酷い連中だった。関東軍に見捨てられ逃げ遅れた一般市民を襲い、強姦、略奪、殺戮を恣にしている。当時六歳の母は、小さな荷物を背たろうて、祖父母に手を引かれ、昼は屍累々の道を歩き、夜は凍てつく道をロシア兵に隠れながら逃げたそうだ。ロシア兵といっても、満洲侵攻に駆り出されたロシア兵は囚人に銃を持たせた破落戸である。袖をまくれば手首から肩まで腕時計を巻き、「オンナイルカー」「オンナイルカー」と御丁寧に日本語で喚きながら家々の戸を破り回るような、そういう連中だ。幼い母は、背中でそんな喚き聞きながら、ロシア人なんて獣と一緒だ、と思うたという。この蛮行は、戦争責任が何れの国に拠ろうと、国際法違反であることは間違いない。日本が南京虐殺で支那人に怨まれる程度にはロシアを怨んでよかろう。日本は広島長崎の原爆投下だけでなく、こういうことまでされて、それを忘れている*1

 その逃亡の最中の出来事である。母が幼いもので、餘り前後の事情は判らぬが、母はそれまで親しくしていた支那人に"チョコレート"を貰ったそうだ。母は当時幼い。普通ならその場で食うてしもうたやも知れぬ。処が祖母が厳しく躾けていたからか、こんなんもろた、と祖母に"チョコレート"を手渡し報告したそうだ。だが、それは"チョコレート"ではなかった。"猫いらず"、つまり殺鼠剤だった。
 混乱の最中、母はそれまで仲良くしていた筈の支那人に殺されかけたわけだ。祖母は怒り、その支那人を見付け、片言の支那語で詰め寄った。

「なんでこんなことするの、こんなん食べたらスーラするよ!」

 まさか、漫画を読んでいてこの語に出逢うとは思わなんだ。

  已經死了」

 つまり「スーラ」は「死了」である。

 世の中、どういう縁があるかわからんものだ。

 因みに母は何とか追手から逃れ、やっとこさリバティー号という船に乗って日本に復員したそうだ。後に知ったことだが、その船にはなんと板東英二も乗っていたらしい。随分そこから道が違うていたのだなぁ、と思う。それを知ってから、テレビで板東英二の顔を見る度に思う。

aside

*1
 戦後日本は左翼の扇動家がつい最近まで可成り強い力を持っていた為、この六十年、左翼に都合が悪い情報を可成り沢山隠されており、ソ連と中共が関わる悪行を随分忘れている。今でもロシア、中共に都合が悪い報せは報道されにくい。
 儂は右翼も嫌いだが左翼も嫌いだ。呉智英みたいに封建主義者でも名乗ろうかしら。

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