やっぱり彦根より東は疲れる

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「ラオウ昇魂式」に参列した


「ラオウ昇魂式」に参列した

『真救世主伝説北斗の拳 ラオウ伝 激闘の章』公開記念

 平成十九年四月初旬、全国の北斗istは戦慄した。同月十八日午後六時より高野山東京別院にて拳王様の御葬儀「ラオウ昇魂式」を執行うというではないか。何でも空海の弟子が北斗神拳を日本に伝えた縁により同寺が選ばれたとか。まさか九年前から考えていた自説がこんな形で立証されようとは、この才兵衛の目を以てしても見抜けなんだわ。

続き

北斗神拳密教説

 自説というのは、どう名付ければよかろう…北斗神拳密教説とでも云おうか、webで発言を始めた頃より温めていた北斗神拳の思想に関わる考証である。細々書けば色々あるのだが、簡単に説明すると、北斗神拳の方が密教より歴史は古いのであるが、ケンシロウが使う北斗神拳の用語や所作、思想に密教の影響がある、ということだ。例えばカイオウやヒョウが魔闘気を使う際、「オーム」「フーム」などと喚いたが、あれは神仏を拝む際に唱える真言…サンスクリット語(悉曇梵語、古代上位インド語)の呪文につく聖音で、「オーム」は日本で「オン」と訛るが、本来は「aum」と発音し、「a」は宇宙創造、「u」は宇宙の維持、「m」は宇宙の終焉を意味する。「フーム」も「ウン」と訛り、「hum」と発音し、死や恐怖、終焉を意味する。仏教なら何処の宗派でも唱えるが、主に真言宗が多用するもので、弘法大師はインド人から直接梵語を学んで日本に伝え、真言坊主なら誰でもある程度…だいたい簡単な単語の読み書きを学ばねばならない。儂も真言坊主なのである程度修得している。サヤカの葬儀の際にカイオウが、またケンシロウも詞宝林を点いて聖碑を解読する際に真言(長い場合は陀羅尼と呼ぶ)を唱えていた。
 密教というのは、坊主としての建前を気にせずに説明するならば、バラモン教、ヒンドゥー教の影響を受けて変質し複雑化した神秘主義的仏教のことで、キリスト教で云うとネストリウス派やグノーシス派みたいなものである。日本には真言宗と天台宗の密教があるが、正統は真言宗とされ、同じ仏教でも真言宗は天台から発した浄土宗や日蓮宗などのグループから孤立している。故に見れば明らかに真言宗、明らかに密教という特徴があり、北斗練気闘座などを見ると明らかにあれは密教寺院であった。
 空海は日本に初めて鍼灸術をもたらした人でもあったそうで、また空海伝説には北斗神拳と思しき変死者の話がチラホラある。これは決定だろう、北斗神拳は密教と関係がある…とごく当然に考えていたが、歴史考証の際に色々な問題があった故、この説を文にはしていなかった。『カサンドラ』のチャットで愛参謀、モノ愛に話したくらいだ。「空海伝来説」以外に「丹波哲郎伝承者説」「鄭成功・陳元贇とともに伝来説」も考えていたので、どう統合するか、また整理するか迷うていたこともあり、文に出来なかった。
 それがまさか、こんな形で明らかになるなんて、考えておくものだ。向うから来やがった。

身の上話

 こんなことを云うのもあれだが、儂は真面目な僧侶ではない。寺なんぞ継ぎたくて継いだわけではない。抑も儂は京都山科で仏師(仏像彫刻職人)に弟子入りすることが決っていた。儂が仏師になれば貧しい寺も助かるし、何より人間国宝になりたかった。兄が居たので寺を継ごうなんて思うたことは一度もなかった。
 処が十六の時、酒乱の親父が脳出血で倒れ不如意になった為、兄と儂は否応なく跡継ぎを如何にせんとなり、どういう工合か周囲の者を巧く欺した兄が責任を逃れ、いつの間にか儂が後を継ぐことになった。儂が継ぐ…とは一度も云うてはいない。儂が病院で判らぬなりに集中治療室で親父の容態を医者から聞いている間に決っていたようだ。このあいだ兄が何をしていたかというと、終始ギターを弾いていた。兄の部屋には長渕やブルーハーツ、BOOWYなどのCDと『バンドやろうぜ』が散らばっていた。
 都市の僧侶は意外と生活が苦しい。少い檀家をハイエナの如き坊主どもがあの手この手で奪い合う呈の卑しい仕事だ。うちの寺は苦しい方で、古い檀家に支えられてなんとか保っていた。然し親父は計画性がまるでなく、倒れた時、寺には蓄えが七十万しかなかった。その上僧侶には抑も保険がない。中小企業にさえある保証すらなく、また日当商売の如きものなので、親父が倒れた日から収入は途絶えていた。また寺は断じて個人の所有にはならぬので、もし住職が病に倒れ、跡継ぎがないとなれば、速やかに寺院を明渡さねばならない。
 兄はギターを弾いて大した稼ぎなどなく、儂は仏師に弟子入りするつもりだったので収入のアテはなかった。寺を出て儂が四肢不如意の病父を抱え食わせていく術があるわけもなく、儂は寺を継がざるを得なかった。兄はギターを弾きながら、父を見舞うわけでもなく、家事を手伝うわけでもなく、遊ぶ銭を稼ぎにバイトに出掛け、帰れば疲れた疲れたと喚くばかりであった。
 高野山に居る頃は意外に愉しかった。外出を殆ど許さぬ道場だったので、俗世のことは考えられない。修行しかすることがなく、真言宗の修行は思いの外面白い。寒さと生臭抜きの食事は辛かったが、どうということはなかった。もう一度やれと云われれば厭だが、人が思うよりはちっとも辛いことなどなかった。
 高野山を降りて先づ儂は兄を寺から追出すことにした。寺の役に立たぬ愚図が寝る床など半畳とてあるわけがない。ギター弾きに貸す部屋はねぇのだ。ファッションパンクの癖にギター弾きを演じた奴が悪かった。色々言訳しやがったが、寺を継いだ儂に寺を継がぬ兄がいうこともあるまい。日本が法治国家でなかったら疾うに殺しているような奴だ。あんなに佳い想い出がない兄も珍しい。素直でないぶんジャギより悪いと思う。
 高野山で学んだことは真言宗の教学と形式上の作法だけである。実践知識や作法はおのおの自坊にて学ぶことになっている。だが儂の親父は四肢不如意で言葉も明瞭でなく、どういう訳か儂を疎んでいたこともあったので、とても教えを請える相手ではなく、故に専ら近隣の諸先輩方を頼るつもりでいた。処がどういうわけか坊主の社会には秘密が多い。何事を聞いても殆ど誰も何も教えてくれぬ。仕方がないので見様見真似、その場の判断でするより他ない。
 処が、坊主というのは實に厭な人種だ。こちらがわからんなりにやっていると、陰口が聞えるのである。わざわざ教えてくれる人までいる。巡り巡って聞けば教えてくれる人が云うていることもある。だからとて会えば佳い顔をする。とは云っても会えば銭の話しかせぬが。
 なんと厭な世界か。寺を継いで一年もせぬ間に儂は僧侶を蔑むようになった。駄坊主どもめ、何が僧侶か、穢らわしい。
 処がこの世は残酷なもので、厭な坊主ほど半端な寺に住んでいる。国宝や重要文化財がポロポロ置いてあるような稼ぐ寺の坊主は世間知らずではあるが實に人柄が良い。つまり坊主の人柄は銭の多寡に拠る。だから儂なんて随分厭な野郎だと思うよ。そうでなければ生きていけなかったこともあるが、然しそれを誇れるほど恥知らずではないし、矢張り上等の寺の子弟と会うとその人柄の良さに世の無常を思わざるを得ない。単純に上を恨める奴が羨しい。
 そんな儂を慰めてくれたのが、何あろう『北斗の拳』である。『北斗の拳』は多分に雁屋哲の影響を残す作品ではあるが、上を怨んで殺せばすっとする雁屋哲の漫画ほど単純ではない。上には上の、下には下の道理があり、敵を全否定することはなく、虐げられる民だから…と無思慮に庇うこともない。子どもの頃から様々な漫画を読み、映画を観、色々なものに触れてきたが、結局僧侶になって残ったものは『北斗の拳』と功夫映画、幾本かの時代劇しかなかった。辛い時、哀しい時、ことある毎に儂は『北斗の拳』を開き、『北斗の拳』に慰められた。今以て誰も殺めたことがないのは、多分『北斗の拳』のお蔭だと思う。『北斗の拳』を読んでいなければ、幾人か刺しているだろうなぁ、と今になって思う。儂が僧侶としてそれなりに働いてこれたのも『北斗の拳』のお蔭と云える。
 親父が死んで、寺の仕事にも慣れ、色々と勝手が出来るようになって、漸く近頃愉しく暮せるようになったが、儂は『北斗の拳』に何も返していない。何か恩を返さねば…と常々思うている。そんな平成十九年、拳王様御葬儀の報を聞いた。

葬儀について

 正味の話、葬式なんて拳王様が喜ばれるとは思えない。然し僧侶として云うていいのか判らぬが、葬式とは實は生者の為にあるもので、葬儀を行う時、死者の魂は既に欲界を離れているから、死者がそれを止める術はない。抑も口は利けぬし、耳目もない。理窟から云えば葬式があったことすら知ることはない。だから死者と葬式は関係がない。葬式とは生者の為のものである。
 では死者にとって葬式は無意味なのか。否。葬式に限らずあらゆる儀式には意味がある。寧ろ意味だけがある。実益がないだけだ。
 葬儀とは死者を評価し死者を死の概念に固定する儀式である。死者が度々甦られては困るから、きちんと葬送して二度とこの世に迷い出ぬように葬らねばならぬのだ。その為に生者は死者にあの世での名を授け、骸を埋めるなり焼くなりし、別れを告げ、この人は死んだのだと皆で確認する。だからきちんと葬送された死者は化けて出ないというわけだ。
 死者は葬儀の後、生者に祀られることで神になる。一口に神と云うても自然現象を神格化した太陽神や暴風神、人が行う仕事などを司る軍神や鍛冶神、理詰めで考え出した観念神などがあるが、自然神は文明が発達する毎に力を失い、職能神は時代で評価がコロコロ変り、観念神は大概が流行らない。信仰を集める多くの神は死者が祀られて神格化したもので、世界で最も信仰される神は恐らく関聖帝君か聖母マリアであろうと云われている。関聖帝君とは『三國志』の英雄關羽が信仰を集めて神格化されたもので、聖母マリアは御存知キリストの生母だ。どちらも実在した死者である。また釈迦も孔子もキリストも実在した死者であった。
 但し死者が神になるには死の世界…観念の世界に固定されねばならぬ。だから死者を死に固定する葬式は死者を正式に神に列する儀式であると云える。だがその神は肉体を具えぬものだから、忘れ去られれば消えてしまう頼りないものだ。故に尋常の死者であれば追悼の法事を度々行うのだが、関聖帝君や聖母マリアのような大きな神になるには人に愛される物語を獲得せねばならない。エジプトのアメン神の如き観念神が流行らぬのは、神格が理詰めで出来ている為に物語を獲得し得ないからだ。物語として神々の事績が記録されておれば、例え一度は忘れられても類話の中から…或いは古文書の中からその神を見出す者もあらわれる。そうすることで死者は初めて不死性を獲得する。
 そういうことでは初めから肉体を具えず物語の中で生じた架空の人物は死者に近い人格だ。神格化され易い。現に『水滸傳』の好漢"鼓上皀"時遷などは完全に架空の人物だが霊廟で祀られ泥棒の神として明Cの頃には随分信仰を集めたそうだ。今でも信仰を集める関聖帝君にしても事績の半分くらいは講談の嘘であるし、聖母マリアの物語などは殆どが後世に作られたものだ。嘘の物語は往々にして史実より面白いもので、関聖帝君や聖母マリアの物語が餘り脚色されていない釈迦や孔子、キリストの物語より愛されるのも当然であると云えよう。
 嘘は説得力さえあれば容易く事実を超える。恐ろしいことだがそれは事実だ。故に拳王様の御葬儀は、所詮同月二十八日公開の劇場アニメ『真救世主伝説北斗の拳 ラオウ伝 激闘の章』の宣伝イベントと云えばそれまでだが、なかなか面白いことを考えたものだと思う。高野山東京別院という寺格の高い寺院で真面目に勤修するのであれば、拳王様は恰も実在した人であるかの如き説得力を獲得し得る。
 拳王様は天を目指し神と戦うことも辞せずと仰有った御方だ。だが神は観念の世界で物語を具えた者である。拳王様は素晴らしい物語を具えた御方だが死者ではない。これでは神とは戦えない。神と戦うて頂く為には拳王様にも神になって頂かねばならぬ。故に恰も実在した死者であるかの如く扱わねばならない。ならば拳王様は儂の恩人である。例え東京であろうと行かねばなるまい。拳王様が神になる儀式に説得力を与える為、儂は労力を費やして荷担せねばならない。

本説

 四月八日、儂は能勢に居る親しい年長の友人を訪ねた。高野山でともに修行をし、高野山の諸分を教えて頂いた恩人である。境内掃除がてらの焚火と筍掘りに興じる間、儂は「真言宗って得やなぁ、本山がぼさーっとしてても向うから面白いことが舞込んでくる」と『孔雀王』が流行った頃に不意に高野山がえらく儲けたことを云うのに、何気なく拳王様御葬儀のことに言及した。するとその友人が仰有る。「あのイベントの企画、俺のツレやで」。そういえば…GREEに登録していた頃、教えて頂いてメールを送ったことがある。その時その人は『北斗の拳 完全版』の原稿を整理していると仰有っていたなぁ。「今からじゃ難しいかも知らんけど、もしかしたら関係者として入れるかも」と云うので儂の腹は決った。時間調整は難しいが行こう、行かねばならぬ、と。
 結局日が逼っていたこともあり、東京別院で全て賄える規模であることもあり、関係者として参加は出来なんだが、十六日に正式に予定が決定し、時間調整に成功、品川にてホテルを予約、日が逼っていた為にセミダブルルームしか取れなんだが取り敢ずは用意は出来た。東京に住う別の友人に頼んで翌日の東京観光の約束も取り付け儂は十八日を待った。

高野山東京別院へ…

 十八日は幸い正午で仕事が終り、帰宅すると昨晩作った荷物を抱え、喪服にて御参列を…とのことなので僧服のまま着換えず、今日は寒くなるというので上に着物用のコートを羽織って十二時半頃に出発、最寄り駅に向うた。新今宮、大阪、新大阪と乗り継いで新幹線に乗車、午後四時半頃無事品川に到着する。予め知ってはいたが、矢張り雨が冷たい。パラパラ降る近畿の雨と違うて関東の雨はバシャバシャ降るから餘計に堪える。然し拳王様がユリア殺害を思い立たれた時も雨が降っていた。今宵は拳王様の御葬儀である。涙雨だ。生憎の雨…とは云えまい。四時四十分頃ホテルにチェックインし、帯を締め直して出発、十分程で到着すると既に長蛇の列が出来ていた。後で聞けば三千人集まったという。雨天故多少は人手が減るかと思うたが、流石に拳王様である。地図で見た東京別院が思いの外狭く全員収容出来るのか心配したが山門に至ると狭いなりにちゃんと係員が整理している。大丈夫そうだ。

境内にて

 山門を跨ぐや馴れ馴れしい男に声を掛けられる。ズイとマイクを向けられ、その男がテレビ局のリポーターであることを察する。僧服なのでそら食いつくよなぁ、と思いつつ、そういうのは嫌いでないので受けるつもりだったが、残念、日本テレビと名乗りよるので「イヤだ」と断った。だって日本テレビ嫌いなんだよ。然し拒絶の声で大阪者と知れ、相手は餘計に食下がる。煩わしいったらない。嫌いだから…というとリポーターが可哀想なので「後で面倒だから…」と好い加減に断ったのが悪かったか。暫く食下がられて不機嫌になるも、少しリポーターも可哀想かな、と思いコメントを少しだけ、どうせ使えないようなことを云うてやる。
 中に入るとハートやアミバ、シンやサウザー、レイやシュウの遺影が並び、皆が写真を撮っている。儂は葬式の場で写真を撮るという行為そのものに抵抗があるので撮らなかったが、同じことを気にする人が幾人か居て、口々に「どうなんだろう」と迷うていた。僧侶の立場としては、禁じられてはいないので駄目とは云えないが、餘り縁起の良いもんじゃないと思う。
 取り敢ず記帳を済ませ、気を入れて数珠を擦り霊前に焼香する。本堂横にある等身大ユリア、ケンシロウ、拳王様と黒王号を暫し見上げてから大型ディスプレイの前へ。背後に『ラオウ専門』のbeo殿が居たらしいが、お声を掛けて下さらなかった。付合いは浅い…というかリンク要請に応えただけだが、仰有って下されば飯でも食いに誘ったのに。あと『拳王長槍騎兵の砦』のザク様殿も来ていたそうだが、双方とも見つけられなかった。近いから来ているかも、とは思うていたのだが。
 予定より十五分遅れて開式宣言があり、生前の拳王様を偲ぶ追悼文が読み上げられる。これが實にきちんと作ってあり、不謹慎だが面白い。「…と伝え聞いております」で噴いてしもうた。続いて導師服部融宣主監以下職衆が入堂、服部僧正が散杖を洒水器に漬すや四智梵語の発音(ほっとん)、終えて鉢が九度鳴り、大楽金剛不空真実三昧耶経如是我聞…と『理趣経』が始まる。これの奥義を伝授するしないで弘法大師と伝教大師が仲違いしたという曰く付きの御経だ。全部で十七段あるが今宵は一段のみだった。在家さんは妙に御経を略されると厭がるが、『理趣経』は一段目で肝心なことは全て語り終え、後の十六段は同じ内容を言葉を換えて繰返しているだけだ。故に一段目さえあれば全部読んだのと同じである。尚、このあいだ服部僧正は数珠を繰って、多分慈救呪だろうなぁ、を百遍(正確には百八回)唱えていたが、これは会場の者には聞えない。そういう風に唱えるものだからだ。
 どうも癖というのはいけない。寒さで手が悴んでいるのに、経を聞くとつい落着かない。知らぬ間に手が合掌の形を作り、口がつられて動いている。これは儂が熱心な僧侶だからではない。十二年に及ぶ僧侶生活でついた癖だ。因果な癖が付いた。お蔭で寒いこともあり動くに動けなくなった。
 『理趣経』が終ると宇梶剛士の弔辞がはじまる。この弔辞か結構佳い。天下の名文…と云えぬまでもなかなかのものだ。この頃服部僧正は確か護摩の炉に火を付けていた。寒い日に護摩を焚くのは人が思うより大変なので気を使うていかん。辛い理由は幾つかあるが、先づ真鍮で出来た道具がどれも冷たくて手が悴むから巧く道具を操れない。そして眼前の炎と背後の雨風の温度差で酷く体力を消耗する。特に目が疲れてげっそりする。修法を行う時間に比して護摩行は疲れるから厭だ。服部僧正有難う御座いました。
 護摩の間に弔電VTRで亀田興毅と大毅が登場、会場の皆が笑う。この兄弟について儂は意外に女の子に人気がある処から「上品下品ではなくモテ非モテの文化差ではないか」という仮説を立てているのだが、それはまぁ措く。しっかしこの兄弟漫画好きよなぁ。続いてジャガー横田が神妙な面持ちで生真面目に拳王様の死を悼む。悪くないけど何で北斗晶でなかったんだろう。『北斗の拳 審判の双蒼星 拳豪列伝』の特典DVDには佐々木健介が出ていたのにな。そして最後に阿部寛。男前。
 指名焼香があり、葬儀委員長谷村新司、次いで宇梶剛士、角田信朗…と続く。森下千里の喪服がえらく乳を露出させていて変な感じだった。その頃には炉の火も大きくなり、職衆が太鼓で調子を取りながら慈救呪を唱える。ノーマクサーマンダーバーザラダンセンダーマーカロシャーダーソワタヤウンタラターカンマン。次いで愛染真言。オーンマーカーラーギャバーゾロシューニーシャーバーザラサートーバージャークウーンバーンコーク。實に真面目な式次第。終えて仏讃がマァ〜カ〜ギャロォォォォォン、ニ〜イ〜イィイィイ、イ、イ、イ、イ〜と始まる。終えて鉢がバイ〜ン、シャカシャカ、バイ〜ンと九度、服部僧正が護摩修法を終えてムゥ〜ジョォ〜ウ、ダイボダ〜ア〜アイ、シシンカァ〜アアアアイィイィ〜、キョ〜ウ〜ウゥウゥ〜と発音、サンガイズイキィイ〜で廻向。その後は関係者焼香、参列者焼香が終るまで光明真言をオンアボキャベイロシャノウマカボダラマニハンドマジンバラハラバリタヤウンと暫く読み、次いで大師寶号を南無大師遍照金剛〜と頃合いを見ながら続ける。焼香を終えるともう一度廻向があって無事終了、導師職衆が退堂して葬儀委員長谷村新司の挨拶へ。
 谷村新司の挨拶は流石に良い。然し惜しいかな、拳王様の故事は明らかに『三國志』の魏武帝曹操ではなく『史記』の楚王項羽から拾うていることを御存知なかった。
 WAKANAの歌は佳いのだが、この辺りから冷えた腰が痛み出す。多分これで儂は一生の健康を損ねたと思う。角田の演武で要らんチャチャを入れる女の声に苛立ちつつ、舞雷のダンスパフォーマンスがあって、漸く原御大、堀江御大の御挨拶があり、『真救世主伝説北斗の拳 ラオウ伝 激闘の章』のダイジェスト映像を見て終了、これでだいたい九時前くらい、寒さに耐えた三時間、これだけの苦行を三千人も一堂に会して行うことは滅多にあるまい。拳王様は今将に天へ!
 終えた後も暫く境内をウロウロしてよかったのだが、餘りの寒さに体が強張りこのまま動かねば不如意になる確信があった為、ホテルに帰るべく山門に向う。その途上テレビカメラに向こうて「ラオウさいこー」と喚く男の集団を見掛ける。






































鹿


遅い夕食

 ホテルに帰り、濡れた着衣を脱いで干し、着流しに着替えて一服、漸く本日一食もしていないことに気付く。
 ホテルにある和食屋に行こうと部屋を出たら、フロントに板さんがいる。「もしかしてオーダーストップしはりましたか?」と問うと「申訳ない。でも隣の居酒屋が未だ」と教えてくれたので指示に従うた。その居酒屋はどういうわけか馬刺しが旨かったのだが、車海老は硬いだけで残念な感じ、串焼きもそう旨くない。然し梅しらす茶漬けはなかなかいけたので先づは満足。然しその値段には驚くしかない。どの品見ても普段堺で呑んでる額の丁度倍くらいだ。これに「かのか」の麦をお湯割りで二杯頼んで五千六百円は高すぎるだろう。変に器が凝ってたから、それで高いのだろうなぁ。
 本当はもっと酒を舐めたかったが、カウンターの儂の後で大きな声で話す男が實に不愉快だったので店を出た。お店のママを口説く東京住いの大阪男らしく、幾ら税金を支払うているとか、情報発信地にいていち早く情報を捉える為に努力しているとか、大阪ではとても聞けない實にくだらない話で気を引こうとしていた辺り、こいつおもんないわぁ、と不愉快。東京という街がそうさせるのか、大阪で一番面白くない奴が東京に出ているのか。
 とはいえこれくらいで今宵の佳い気分が飛ぶわけもなく、ほろ酔いで部屋に戻り、録画してノートPCに移してあった『やりすぎコージー』を見ながらまどろむ。清水キョウイチカさん死んだんだなぁ。

東京観光へ

 六時半頃に目が覚め、朝の排泄、身支度を調えて七時半頃、このレポートの下書きをしながらテレビを付ける。普段はケーブルテレビでDiscoveryチャンネルかHistoryチャンネルをつけっぱなしなのでこのくらいの時間にテレビを見た憶えがない。だから関東ローカルか全国ネットか知らないのだが、「あっちむいてズー」なる他愛ない運勢占いが。
 このズーというマスコット、頭の毛が撥ねた鳥のようなのだが、シュメール神話でこういう怪物がいた。獅子頭の鷲で、天神エンリルに仕えていたが、「天命の書板」を盗み出して主神の座を奪い、軍神マルドゥクと戦うた怪物だ。その名も「ズー」と謂う。頭の毛が撥ねた鳥という姿から容易く連想してしもうた。こんなの朝から出してて占いなんかさせていいのか? そりゃ「天命の書板」があれば運勢占いくらい容易いだろうが…。
 ホテルで貰った無料券で朝食を頂くが、いやぁ、吃驚した。固形燃料の火が揺らめく炉を持ってこられ、これで鮭を焼けという。このサービス、誰が喜んでいるのやら。そりゃ確かに旨いが別に目の前で焼けなくてもいいよ。本来1050円で出しているらしいが、この固形燃料をやめれば780円くらいで売れると思う。昨日の居酒屋もそうだが、品川の駅前だけかしら、食い物を不必要に装飾しよる。
 十時半頃に観光に連れて行って下さる友人と合流。この人も高野山でともに修行した仲間で六歳年長、實は高野山にいる時は住んでいる寮のフロアが違う為に餘り話したことがなかったのだが、實に気の良い人で、儂の突然の願いを二つ返事で承けて下さった。こういう友人が居ると實に愉しい。また嬉しい。近頃やっとそう思うことが多うなった。有難や有難や。
 先づは築地に連れて行って貰う。魚が売っている…というくらいしか判らないで行ったのだが、意外に愉しい。魚屋のオッサンが乗り回す宮崎駿っぽい乗り物に心躍らせつつ、矢張り築地の魚屋のオッサンってみんな少しづつビートたけしに顔が似てるなぁ、なんて思う。
 だが最初は魚を土産に買おうと思うていたのだが、はたと気付く。儂は堺住い。四国九州で獲れる新鮮な魚が毎日安価で購入出来る街に住んでいる。クエなんて二人前の切り身が千五百円くらいである。築地で買う必要ないや、と脳内のリストから消す。すると…儂には北海道と兵庫県香住町に親戚がいて、結構普段から鮭やイクラ、金目鯛、毛蟹、鱈場蟹などを送って貰うて贅沢な食い方をしている。なんだ、築地で買うものがなにもない…!
 どうしようと思うていたら、月島でもんじゃでも…と同窓生が大阪者の儂に意地悪で云う。だがその人は見誤っていた。儂は何を食うても旨い口なのだ。序列くらいはつけるが食い物に抵抗がない。好き嫌いすらない。だから、いいですねぇ、と答えると、「厭がると思ってた」と云いながら「麦」なるもんじゃ屋に連れてって下さった。入るなり三沢光晴と米良美一と南野陽子のサインを見つけ、南野陽子のサインが話のオチに使えそうだ…と秘かに思う。
 初めて食うたもんじゃは思いの外旨かった。見た目はグロテスクだが作る姿はイタリア風だ。水分が蒸発する毎に味が辛くなるのでお酒を頂きながら食うのに向いている。こんなものをイメージだけで斥けている大阪者は損だ。帰って皆に奨めなきゃ。ついつい酒が進み、ほろ酔いで昔話に花が咲く。話のオチに巧く南野陽子を使えて大満足、腹を満たして店を出た。
 このあと浅草寺に行く。その人も仰有ったが、東京の寺は面白くない。えらく外人が沢山居るが、どう考えても京都や奈良の方が面白い。だが仲見世や花やしき通りで数軒武器屋を発見。観光地だけかと思うたら、少し離れた所にも武器屋が。東京って怖い所だ。街の至る所に武器屋がある。道理で『DRAGON QUEST』にも『FINAL FANTASY』にも何の説明もなく「武器屋」があるわけだ。東京には当り前に武器屋があるんだもの。大阪では武器屋なんて見たことないぞ。
 このあと吉原を通ってその情緒のなさに笑うなどして五時まで愉しく過し、東京駅で友人と別れる。實に愉しかった。
 新幹線で新大阪、そして天王寺に至り、チンチン電車に乗って九時半頃帰宅。新幹線が意外に疲れる乗り物だということを知った。餘り車で行くのと疲労の工合は違わんなぁ。

花*花

 この度、淡いながらも拳王様と御縁を結べたこと、そして古い友人に会い愉しく東京観光を出来たことで、生れて初めて真言宗の寺に生れて良かったなぁ、坊主やってて良かったなぁ、と思うことが出来た。これで趣味の『北斗の拳』と職業の真言宗が連結した。もしかしたら愉しく坊さん出来るようになるかも知れない。

補記

 堀江御大は多分禅宗の人だ。お父さんが「坐って半畳寝て一畳、人間死ねばみな糞袋」と常々仰有っていたから『蒼天の拳』で霞拳志郎にも云わせたそうだが、これは禅話だ。また長野県出身の武御大も多分禅宗の人だ。北斗琉拳の「魔界」は禅僧が堅く戒める"魔道"によく似ている。この辺りを堀江御大はこれからどう処理していくだろうか。

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