よく考えたら私
アインの死体としか
会ったことがなかったわ

北斗の拳 蒼天の拳 DFS 北斗の庭園
三十一篇全比較 19.賞金稼ぎアイン篇 140-144話(全05話)


三十一篇全比較 19.賞金稼ぎアイン篇 140-144話(全05話)

 アインは登場期間こそそう短くはないが、戦力としては中途半端で、誰と闘って活躍したわけでもない、云ってみればその他大勢になりかねないキャラクタである。にもかかわらず読者に鮮烈な印象を残す見事な快男児であった。『北斗の拳』の他のどの強敵にも劣らぬ素晴しい男であった。
 ラオウ様御帰天後の『北斗の拳』の特徴は大して強くもない凡庸な男が命を賭して大戦果を挙げることだ。その嚆矢がアインである。

続き

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  • 序:アイン対ケンシロウ
  • 破:ゲイラの死
  • 急:郡都陥落

 アインはケンシロウと戦うて賞金稼ぎとしての限界を示されるも、「女」の為に命を奪われなかった。そしてゲイラが死んだ直後、アインは「女」を狙われて、その「女」の正体が愛娘アスカであることが知れると、バットはアインを誘うてともに郡都を陥し、 「賞金稼ぎの/娘は賞金稼ぎの/娘でしかない」「奴隷の子も/一生奴隷だ!!」「おれは/そんなの/いやだね」「こんな時代だ/生きてたって/死んだって/どっちみち/同じだ」「おれたちは/いずれ死ぬ」「だったら」「自分の好きな/やつのために/世の中を/かえてやる」(JC:16:187)と語り、アインはアスカの為に歴史に名を刻まんと「ウジ虫稼業」(JC:17:018)から足を洗うた。つまりアインは序の直後「女」の為に命を長らえ、破の直後アインの「女」が何者なのか明かされ、急の直後アインはアスカの為に立志している。本篇が"愛娘アスカの為に生きる父アイン"を描いていることは明らかだ。
 『北斗の拳』は實に正しい父親を描く漫画だと思う。リュウケンは別としても、シュウ、オウガイ、フドウ、赤鯱、アサムなど『北斗の拳』に登場する多くの父親は窮めて正しい。アインもそうした正しい父親の一人である。然しアインは他の父親と比べると際立った特徴がある。"餘り強くない"のだ。シュウは南斗白鷺拳伝承者、オウガイも南斗鳳凰拳先代伝承者、ともに最強を争う腕ではないが強いことは強い。そしてラオウ様を退かせしめたフドウ、双胴の鯱と怖れられカイオウを怯ませしめた赤鯱、シュタールの蛮族を血を吐きながら一人で殺し尽したアサムに比べ、アインの力はハズ、ギルと五分程度、そのハズとギルは組んでさえファルコに一傷も負わせられなかった。シュウやフドウとは勿論、赤鯱にも及ぶまい。
 然し本篇はこのアインが"餘り強くない"ことが實は重要である。何故ならラオウ様御帰天を以て『北斗の拳』は神々…或いは超人の物語から普通の人々の物語に転換しているからである。それを示す記述が前篇「新伝説創造篇」にある。曾てデビルリバースと対峙した時には「よかろう/仁王拳が/悪魔の/化身なら」「北斗神拳/は……」「闘神の化身で/あることを/教えてやろう!!」(JC:03:146-147)と自らをインドラ、即ち帝釈天に擬えていたケンシロウが*1、バスクに「きさま/なんの化身/だ!!」と問われた時には「ただの/人間だ!」(JC:16:102)と答えているのだ。
 たかが治安正規兵に背後から斬られて血を流すバットと、ケンシロウにはとても敵わないアインはそれを象徴する人物である。そのバットとアインが如何に戦うて歴史を作るか、というのが「新伝説創造篇」以降の物語のテーマであったと思う。だから超人ファルコを差置いて凡人のアインが天帝を救い出した。如何に凄まじい力を持つ神といえど、人の時代に於いては彫像や絵姿でしか存在出来ない。超人であるファルコは最早古い掟に縛られて動けぬ苔生した地蔵に過ぎぬ。神々は時間の概念なき世界の住人である。歴史を紡ぐことは出来ない。歴史を紡ぐのは非力な人なのだ。「新伝説創造篇」「賞金稼ぎアイン篇」「金色のファルコ篇」の"天帝三篇"は神に及ばぬ非力な人が如何にして歴史を紡ぐか、という話である。その意味で"天帝三篇"の真の主人公はケンシロウでもファルコでもない。アインだった。

  • 起:アイン登場→賞金首ケンシロウ→アインの腕前
  • 承:アインの敗北→ブゾリは一撃→催眠術など通じず
  • 転:アスカの正体→バットの勧誘→郡都を襲撃
  • 結:アインが覚醒→A級反逆者収容所→死ぬには惜しい

 アインは憎めない男だ。決して善人ではなかったかも知れぬが、断じて悪人ではなく、「アインは/きっと」「この子が/寝つくまでは/ねむらない/父親だった/のでしょうね」(JC:18:167)と、一度もアインと会話したことがないマミヤを号泣させるような好い男だった。実際アスカは『北斗の拳』に登場した全ての幼児の中でも擢んでて賢く強い子だ。アインの人柄が偲ばれる。
 多分武御大という人は「どんな友を持つか」で男の価値を認める人だ。だからケンシロウの強さの由縁は「強敵」なのだと思う。ケンシロウはレイやシュウが命を賭す男である、ファルコはショウキやソリアが命を賭す男である、という工合で、男の価値は友が保証する。
 バットとアインは共闘して郡都を獲り、息を切らしながら語ろうた時、莫逆の友になったのだと思う。ケンシロウに「男の顔に/なったな!!」(JC:16:106)と認められたバットは、アインを友にするような男に育ったのだ。バットとアインの語らいは恰もケンシロウとレイが共闘してケマダ兄貴を殺した後のようである。バットにとってアインはケンシロウにとってのレイの如き友だった。
 バットは曰ふ。「賞金稼ぎの/娘は賞金稼ぎの/娘でしかない」「奴隷の子も/一生奴隷だ!!」「おれは/そんなの/いやだね」「こんな時代だ/生きてたって/死んだって/どっちみち/同じだ」「おれたちは/いずれ死ぬ」「だったら」「自分の好きな/やつのために/世の中を/かえてやる」(JC:16:187)。一見まるで安保や全共闘の頃の革命闘士のようだが、抑も革命とは思春期の頃に誰もが見る夢に過ぎず、バットの主張は"青春してる"だけで主義思想を読取ることは難しい。もしこれから何かの思想を読取れたとしたら、多分、それは読む人の心が歪んでいる。確かにバットは革命家だが、「おれにだって/好きな女がいる/そいつのためなら/いつでも/死ねる」「あんただって/そうだろう」「それに おれは/あいつのように/なりたい…かつて/たったひとりで/戦いつづけた/男のように!!」(JC:16:188)。これが全てであろう。

エロスとストルゲ

 面白いのは、バットがリンに注ぐ愛情と、アインがアスカに注ぐ愛情を、バットが同列に扱うていることだ。これをどう解釈すれば良かろうか。
 思い浮ぶのはレイに「いいか 女は/自分の幸せだけ/考えていれば/いいんだ!」(JC:04:087)と云わせた武御大の女性観だ。もしアスカが男の子であったなら、きっと武御大はアインを「ウジ虫稼業」の男になどしなかったであろう。何故ならバットは「おれたちは/いずれ死ぬ」「だったら」「自分の好きな/やつのために/世の中を/かえてやる」と云い、レイは「こんな/時代だ/男たちの/命は短い」「しかし/女は子を/産み……」「そして/物語を語り継ぐ」「男の/戦いの/物語を!!」(JC:09:108)と云うている。つまり命短き男は女が語り継ぐべき物語を残して死なねばならぬ。そしてシバはケンシロウに殉じて死に、ラオウ様は「小僧!!/怖くば オレの腕を/くいちぎってでも/抗え!!」(JC:12:186)と仰有った。つまり男は例え幼かろうが男、同じ死ぬなら戦うて死ね、ということだ。だからもしアスカが男であればアスカも己の判断で戦うて死ぬ。アインに養われることはない。処がアスカは女の子だった。「女は/自分の幸せだけ/考えていれば/いい」。女は物語を語り継ぐべく生きねばならぬ。だからアインは己を虚しうして賞金稼ぎの如き賤業に身を落しアスカを養わねばならなかった。だがバットに「賞金稼ぎの/娘は賞金稼ぎの/娘でしかない」「奴隷の子も/一生奴隷だ!!」「おれは/そんなの/いやだね」と断じられ、アインは感じて賞金稼ぎを廃業、賞金首になった。
 バットがリンとアスカを同列に論じたのは、何も男女の愛情と父娘の愛情をバットが同じように考えていたわけではなく、男が死して物語を残すべき女としてリンとアスカを同列に扱うていたということであろうと思う。

aside

*1
 實は「悪魔の化身」はカンボジアの独裁者ポル・ポトの渾名である。武御大は『北斗の拳』の原作を引受ける直前に内戦が終ったばかりのカンボジアを旅行し、老人と子どもしか居ない社会と地雷が埋まって自由に歩けぬ草木一本生えぬ荒野を目にして、それで荒廃した核戦争後の世界の着想をえたそうだ。「悪魔の化身」というポル・ポトの渾名も多分その旅行で耳にしたのだろう。
 更に武御大はこの旅行でポル・ポト派(クメール・ルージュ)に破壊されたアンコール・ワットも見ている。アンコール・ワットはヒンドゥー教の寺院で、インドラは仏教では帝釈天と呼ばれるが、抑もはヒンドゥー教の神々の王であった。つまりデビルリバース対インドラリバースはアンコール・ワットを破壊したポル・ポト派とアンコール・ワットが祀る神々の王インドラとの代理戦争であった、という見方も出来る。

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