アイリとマミヤの名の由来

 アイリの名の由来がアイリス(和名:あやめ)ではないか、と思いついた。

続き

 アイリスの名はギリシアの虹の女神イリスに由来するが、キリスト教絵画では「受難の哀しみ」を象徴する植物として扱われる。アイリは攫われ娼婦に身を落す女、時代に翻弄される女を代表する人物で、己の責任に拠らぬ不幸を被りそれを受容れざるを得ない境遇は、将に「受難」である。アイリの名の由来がアイリスであるならば、その名はこういった境遇を暗示する目的でつけられたとは考えられまいか。
 更に、アイリは牙一族によってマミヤと伴に人質にされてしまうが、そのことによってアイリはイコノロジー的にマミヤの行く末を暗示しているように読むことが出来る。譬えば、キリスト教絵画に於いてイエスとマリアが描かれている処にアイリスが描かれれば、その絵は「受難によって死に逝くさだめにあるイエスと離別せねばならぬ聖母マリアの母としての哀しみ」を示すことになるが、同様に、マミヤの場合もアイリと並べられることによってイエスが如く死に逝く運命にあるレイと離別せねばならぬ女としての哀しみを示していることになる。

 因みに「マミヤ」という名は、恐らくアスファルトを意味する中期ラテン語語「Mummia」に由来する。古代エジプトではミイラを作る際に殺菌作用がある植物ミルラ(没薬)の油を遺体に塗っていたのだが、時代が下ると安価な岩塩アスファルトを使うようになっていて、このアスファルトを示す「Mummia」が英語の「Mummy」の語源になっている。時代が下るとミルラと「Mummia」が混同され、区別されなくなり、「Mummia」がミルラとして売られることになった。当時ミルラは万能薬として信じられていた。
 ミルラは東方の三博士の一人がイエスに贈ったことでも知られる。これは東方の三博士の贈物がイエスの行く末を暗示しているのだが、ミルラは「死後の復活」を示している。勿論古代エジプトのミイラ信仰に由来する。

 アイリの名は「受難の哀しみ」を示し、マミヤは「死後の復活」を示す。どちらも救世主イエスに因む名だということになる。その場合、『北斗の拳』に於ける救世主とは、實はケンシロウではなくレイであることになる。マミヤもアイリもレイに結びつけられる人物だからだ。
 すると、言わずもがな、ユダがレイの敵であることにも重要な意味があることになる。これについては説明の餘地はあるまい。みな御存知であろう。ただ一つ附すならば、南斗紅鶴拳の名だ。紅鶴とはフラミンゴのことであるが、古代エジプトでは、ナイル河の氾濫を兆す鳥で、ナイル河の氾濫はナイル流域の農地を肥沃にすることから、救世主到来の物語として解釈されていた。『北斗の拳』でもユダ来襲の際にダムを破壊し村が水浸しになる描写がある。あれをナイル河の氾濫と同一視するなら、それを招いたユダはフラミンゴである。
 以上のことから『北斗の拳』は意図してレイを救世主として描いていると解釈出来る。世紀末救世主とはつまりレイのことなのだ。

 勿論、ことはそう単純ではない。何故ならラオウ様の添名「恐怖の拳王」は容易に「恐怖の大王(恐るべき御稜威の王)=キリスト」を連想させるし、トキの容貌は明らかにナザレのイエスを模倣している。シュウにしても、その死に方はゴルゴタの丘をそのまま写しているし、サウザーにしても古代エジプト王朝のファラオの有り様を可成り正確に写している(このファラオの有り様がキリスト教の象徴に流用され、救世主を示すアイコンになっている)。
 實は『北斗の拳』はこのような様々な救世主が多数居て、それが一人死に、二人死に、とすることで、ケンシロウがその神性を獲得するという構造になっている。レイもこうした「吸収される救世主」の一人だというのが、今の儂の考えである。
 果たして武論尊御大がこれを何処まで考えていたか…が問題だなぁ。

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