週刊コミックバンチ 2009 No.36・37

 『コンシェルジュ』の廊下の描き方、儂は知ってたぜ! 美術書を読むとやり方が載ってるぜ。但し漫画畑から出て来る人の中には知らない人が(結構)居るだろうなぁという感じはするし、面倒だからやってない人も多いと思う。

『義風堂々!! 直江兼続 前田慶次 月語り』

 間違いだったら悪いんだけど、確か「与六」とか「小六」「又六」みたいな名って単なる輩行じゃなかったかなぁ。
 支那人と違って日本人は好い加減だから確定的なもんじゃないんだけどね、漢文化圏では同一族の同世代は兄弟として扱われるもんで、例えば何某太郎に一カ、二郎、三郎、四郎、五郎という五人の息子が居たとすると、最初に子を為したのが二郎だったらその子が次世代の一カになり、次に一カ家に子が生れればその子が次世代の二郎、次に四郎家に生まれればその子が次世代の三郎になるのよ。同じ親から生まれた兄弟と従兄弟を区別せずに一、二、三、四、五、六…と付けていくんだね。親の名と紛らわしいと思われるかも知れないが、その頃の貴族や武士は頻繁に改名するし、改名しない庶民でも「三郎の四男」を意味する「三郎四郎」なんて呼び方があったから問題なかったのよ。清水の次郎長が有名だね。本名は山本長五郎だったけど、親が次郎だったから、次郎の子の長五郎、という意味で次郎長と呼ばれてたんだよ。茶屋四郎次郎も世良田二郎三郎も同じ理窟だね。
 ほいで、一族で統一した数列を使うわけだから、昔のこと、一家に六男七男は当り前に生まれる。すぐに「十郎」まで埋まってしまう。とすると、そこからは十一郎、十二カになりそうなものだが、みなさん、そんな名を見掛けたことが餘りない筈だ。では、どうするのかというと、「十」以降は「与一」「餘一」「又一」とつけるんだね。「与太郎」「餘太郎」でもいい。「与」や「又」の字義を考えれば理窟は解るよな?
 だから樋口与六の「与六」は樋口一族の十六番目の男児を意味するだけの名である筈なんだ。まぁ、十進法ではなく五進法で数える場合もあるから、六番目かも知れないのだけどね、その辺りはほら、病死したり死産の子を数える場合もあるから、正確なことは判らんよ。でも、この「与六」にはこれくらいの意味しかない筈なんだよ。

 それはそれとして、柿崎晴家が『銀河英雄伝説』のオフレッサー上級大将みたいで好いですね!

『描線の流儀』

 原哲夫御大のインタビュー記事。『少年リーダム』に合わせてきたわけですな!

『蒼天の拳』

 流石に十頁じゃ感想書きにくいな…。

『北斗の拳 ジャギ外伝 極悪ノ華』

 成程、騎乗位の頃には「わからな」くなってたんだね、アンナごと頭がすっ飛んでて、北斗神拳のこと…というか三兄弟に対するコンプレックス以外なくなってたんだ、気が狂ってるからアンナのことすら忘れ…じゃないな、「わからな」くなっていたわけだ。それでアンナの亡骸を放置出来たのだな。バイク乗ってるときに出て来たのは、バイクとアンナが結びつくからだろう。バイクを憶えたのはアンナの影響だからね、その間だけはアンナのことが判るということか。

 然し本当に可哀想だなぁ。何の望みも叶わなかった。アンナとともに北斗七星に誓ったことが、全くどうにもならなかったんだから。まぁ、アンナの言葉が身に染みてケンシロウが甘さを捨てられたことが、或いはジャギの救いになるかも知れないが。
 というのも、ケンシロウは、ジャギがなりたかったジャギを体現した存在だ。ラオウ様もトキも追抜いて伝承者になったわけだから、ケンシロウは最大限成功したジャギの理想像であったと云える。原作でもジャギはケンシロウの贋物として登場している。「北斗神拳伝承者」ではなく「ケンシロウ」を僭称していたことから、ジャギはケンシロウになりたがっていた。ケンシロウの存在を乗っ取ろうとしていた。
 ジャギはケンシロウになりたかった。だがケンシロウにはなれなかった。一方のケンシロウはアンナの言葉が身に染みて成長し、その結果伝承者の座を得た。ジャギもアンナの助言を得ていたが、ケンシロウのようには成長出来なかった。
 これは皮肉のようだがジャギがケンシロウの負の性質を背負う裏面であると考えれば当然の結果である。何故なら「アンナの言葉で成長出来る者」の呼び名が「ケンシロウ」なのだ。その負の性質を背負う「ジャギ」は「アンナの言葉で成長出来ない者」のことである。ジャギは「失敗するケンシロウ」であり、ケンシロウは「成功するジャギ」なんだから、ケンシロウが成功する全てのことでジャギは失敗してしまう。だからラオウ様に挑んでも勝てないし、トキにすら軽んじられる。逆にケンシロウはジャギがしたかったことは全て出来る。ケンシロウがトキを超え、ラオウ様を超えることが出来たのは、ジャギがそう願うていたからだ。ジャギの理想像であるケンシロウは、ジャギが思い描く全てのことが出来る。
 このような詭辯的解釈が許されるならば、ケンシロウはジャギであり、ジャギはケンシロウである。そのケンシロウがアンナを想うことでのみアンナは救われる。そのことでのみジャギも救われる。ジャギの願いは全てケンシロウが叶えられるのだ。

 だからケンシロウめ、サウザーとカイオウに負けてしまうのだな。ジャギはサウザーとカイオウのことを考えなかったもの。

『花の慶次 ―雲のかなたに―』

 次回は「有難きものでは御座らんか!」だな!

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にくすかんぱーな

2009.08/19,(水)19:49 edi/del

ジャギはケンシロウになりたかった…だからケンシロウに…。

ある種、北斗の星がジャギに与えた役目はアンナを連れてくることのようにも思えますね。

生まれた時から北斗宗家の血を与えられた者と与えられなかった者、であるだけに無常…。

愛忍者 URL

2009.08/20,(木)23:35 edi/del

>北斗の星がジャギに与えた役目はアンナを連れてくること

 それいいなぁ、そういう宿命論的な解釈はいいなぁ。

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