ダンディの化身"ザク様"の魅力

メモ*1

ザクとは違うのだよ! ザクとは!

 "ザク様"と聞いて皆さんはいったい何を想像されるであろう。
 モビルスーツ? ノノンノン。音忍? なんだそりゃ。ケーブルテレビ? そりゃzaqですよ。
 遠からん者は音にも聞け、ザク様は男の魅力溢るる口髭も素敵なSuper Great Nice Middle、拳王軍中最もDandyな三十四歳、恐らく拳王軍最強武将に相違ない偉大な美紳士であらせられる。

続き

ザク様とは何者か?

ms06199811080000.jpg 一般にザク様と云えば、第百十三話「流れる雲のように!」に二齣だけ登場なさる拳王様の副官らしき無駄に恰好良い武将(左図JC:13:115)とお憶えの方が多かろう。その餘りにザク様っぽい兜の形は勿論魅力だが、何よりも薄く細い目と黒々とした口髭が渋すぎる存在感を醸す『北斗の拳』中屈指の燻銀キャラである。諸兄もその餘りの渋さは気になった筈だ。
ms06199811080000-2.jpg 然し實は第百十三話が初登場だったわけではない。本当は第八十七話「帝王の微笑!」にて御静養中の拳王様にケンシロウがサウザーに戦いを挑んだことを御報告申上げる屈強な口髭の美紳士(右図JC:10:143)こそ、誰あろうザク様初登場のお姿である…とする説が北斗istの間では支配的だ。JC:13:115のザク様とJC:10:143では顔の印象が微妙に違うが、JC:10:143と同一人物であろうと思しきJC:11:043の顔はほぼJC:13:115のザク様と同じだ。よってJC:10:143とJC:11:043はザク様と見て間違いない。
ms06199811080000-3.jpg この作画の変化は…原御大の癖であろう。原御大が描く人物は初登場時とその後では随分顔が違うていることが多い。その原因は幾つか考えられるが、第一に原御大が初登場時にその人物の人柄を未だ掴んでいないことが大きかろう。絵を描かぬ人はまさかと思われるかも知れぬが、絵、特に顔を描くには描く人物の人柄を掴むのは大事なことで、漠然と思い浮べた状態ではなかなか人物は描き憎いものである。だから原作待ちの原御大には描き憎い人物も多々あったであろうと察せられる。そのやり憎さを原御大は実在の人物に似せて人柄を代替させることで解消しておられるようだ。
 JC:10:143のザク様も充分凛々しい美紳士ではあらせられるが、多分原御大は漠然と"拳王様の側近""拳王様の副官"に見える人物を描いたに過ぎず、まだこの頃のザク様には人格らしいものはなかった。それが二度描き、三度描く内に"ザク様"という人物が固まり、我々が敬愛するに足る斯くも頼もしき素敵な超絶燻銀美紳士とおなりあそばされたのだろう。JC:11:043で既にザク様は充分素敵だから、多分この頃にはお人柄が形成されていたと思う。

『北斗の拳2000 究極解説書PART2』で肩書きが決る

 『北斗の拳2000 究極解説書PART2』に拠るとザク様は「拳王近衛師団団長」という御要職にあられる三十四歳である。これについて儂は無関係とは云えない立場にある。というのも、『北斗の拳究極解説書 世紀末覇王列伝』発売の折、我らが跋扈するサイト界隈に『世紀末覇王列伝』の制作者"マッスル・チーム"のどなたかがおいで下さり、『世紀末覇王列伝』発売の旨を告知して回られたことがあった。当時あった北斗サイトは僅か四十程度、文字分量ともそう大したものではなかった為、マッスル・チームの皆さんはweb北斗界の模様を把握しておられた。故に『世紀末覇王列伝』『北斗の拳2000』の記述には当時のweb北斗界隈の影響がある。特に『北斗の拳2000』にあったヌメリの記述は紛れもなく『修羅の国』の内容を反映していた。
 「拳王近衛師団団長ザクさん(34)」という『北斗の拳2000』の記述は、先づ間違いなく『拳王長槍騎兵の砦』か當サイトを御覧になって書かれたものだ。多分それがあって『天の覇王』にてザク様がリュウガの副官として御活躍あそばされたのだろう。實に嬉しいことである。こんなに嬉しいことはない。
 然しこれは手前どもの手柄ではない。それで思い上がる程我らは馬鹿ではない。何故ならザク様は飽くまで原御大或いは武御大が造作なされたキャラクタである。手前どもは御大が下されたザク様で愉しく遊んでいたに過ぎない。勿論手前どもが面白がってザク様で遊び、その過程でザク様の魅力を膨らませたことはあるが、然しどう膨らむかは原御大がペン入れなさったとき既に決っており、謂わば我らが行うたのはカップ麺に湯を注いだ程度のこと、味付けは原御大の手柄であって我々のものではない。

拳王様は彼の御名を呼ばわれた

 後にも先にもザク様の御名が記されたのはただの一度でしかない。前後に同名異人が登場することもあったが、この超絶燻銀美紳士を指す名として「ザク」が用いられたことはたった一度である。このことから多くの者はザク様を単なるマイナーキャラの一人として見落しがちだが、このザク様の御名を呼ばわれたのが拳王様であった、ということは何よりも重要である。
 よく思い出して頂きたい。拳王軍にはどれだけの将があり、兵があるだろうか。その内拳王様御自ら名を呼ばわれた将が幾人いただろうか。實はリュウガと赤鯱、そしてザク様の三人しかいないのだ。勿論『真救世主伝説北斗の拳 ラオウ伝 殉愛の章』『天の覇王』などを含めればソウガやレイナなどもう少し居るが、原作に限ってはたった三人である。然もリュウガは拳王様とは少し距離を置いた関係にあり、赤鯱は回想の中で呼ばれたに過ぎず、現役の拳王軍武将として御名を呼ばれたのは實はザク様お一人だった。
 拳王様はザク様を御指名なされた以外、全ての御命令を不特定多数の"誰か"に下されただけである。つまり拳王様はザク様以外の武将を区別されなかった。このことからザク様が如何に拳王様に憶え目出度き武将であらせられたかが判ろうものだが、逆に名を呼ばれなかったザク様以外の武将は拳王様にとって"ザク様以外"でしかなかった、ということも出来る。ということは、拳王様にとって拳王軍とは"ザク様とザク様以外"の集団であったわけだ。
 "ザク様とザク様以下の集団"とは尋常には"ザク様たち"と謂う。つまり拳王軍とは"ザク様たち"である。そう思うて拳王軍とザク様を見ると、どうだろう、如何にザク様っぽい口髭の美紳士の多いことか。拳王軍はザク様っぽい口髭の美紳士だらけである。
ms06199811080000-4.jpg 實は『北斗の拳2000』で「拳王近衛師団団長ザクさん(34)」と紹介された左図JC:13:144の口髭美紳士は、ただ兜と口髭と細い目がザク様っぽいだけで「ザクさん(34)」と書かれているに過ぎない。JC:13:115の直後と思しきJC:13:144で衣装が違うているので別人であろう、と考えるのが筋だ。然しこのお顔はどうみてもザク様である。少なくとも限りなくザク様っぽい人である。更にJC:13:144の人物をザク様という場合、我々は何の疑いもなく手前の人物を指しているが、實は奥の人物もザク様っぽく見える。この人の方がザク様かも知れない。すると、この齣だけで何とザク様っぽい人が二人もいることになる。そういう調子でザク様っぽい人を全てザク様とお呼びすると、拳王軍はザク様だらけだ。
 こういう複数居る"ザク様っぽい人"のことをザク様フリークは"量産型"と呼ぶが、こうして見ると先に儂は拳王軍とはザク様とザク様以外の集団であると書いたが、最早ザク様とザク様以外を区別することに意味はない。拳王軍とはザク様の集団である。ならばザク様の魅力とは拳王軍そのものの魅力である。つまりザク様と拳王軍は同一である。拳王様に「ザク!」と呼ばれたザク様は拳王軍の有り様を体現する御方であると云える。

拳王軍の軍隊らしさ

ms06199811080000-4.jpg ザク様こそ拳王軍である、と定義してザク様を眺めると、實はザク様お一人が拳王軍の"軍隊らしさ"を支えており、ザク様を除くと拳王軍はおよそ軍隊らしく見えないことが判る。
 例えば左図JC:13:144である。ザク様は関所らしき門前に至り、守備兵に拳王様のお通りを先触れし、開門を促している。"軍隊らしさ"というてもこれだけで、それは"組織らしさ"と言換えてもいいのだが、然し単に"らしさ"というても、さて、拳王軍でザク様以外の誰にこんな仕事が出来るだろうと考えると、拳王軍に数多の人あれど、どうにもザク様くらいしかいない。どうもヒルカやジャドウでは様にならぬ。
 何故ザク様以外にいないのか、ザク様以外では様にならぬのか。それはザク様以外の拳王軍の将兵が殆ど暴徒か化物に等しい人にあらざる者どもだからだ。勿論、設定の上ではバルガや赤鯱のような"まともな将兵"が他にも数多く居た筈だ。然し重要なのは原御大がこういう軍隊らしい仕事をザク様にしか、或いはザク様にしか見えない者にしかさせていない点である。
ms06199811080000-5.jpg 他にも拳王様のお着替えを手伝うザク様のお姿を確認出来るが、原御大は何故かこういう描写に必ずザク様っぽい人を起用する。『北斗の拳』以外の作品でも、例えば『花の慶次 ―雲のかなたに―』の毛虎親方、『猛き龍星』に登場する条河剣のボディガードなどがそうだった。軍隊らしさ、組織らしさを表象する為に原御大は好んでザク様っぽい人を起用する。毛虎親方のような方々もザク様フリークは"ザク様"と見なし、特に名がある場合は"エース・カスタム"或いは"パーソナル・カスタム"などとお呼びする。
ms06199811080000-6.jpg 何故かは判らぬが、どうやら原御大にとって"軍隊らしさ""組織らしさ"とはザク様のような人が支えるものらしい。確かにザク様が居ると曲なりにも軍隊らしく見えるので、原御大の感覚は正しい。この辺りは案外重要である。何故なら拳王軍が軍隊らしく見えねばケンシロウやフドウの驚異たりえぬからだ。読者に軍隊らしく見える程度に拳王軍は軍隊らしくなければならない。その軍隊らしさを支えるザク様は皆が思うより遙かに重い物語の要素を支えていると云える。

ジオン驚異のメカニズム

 拳王軍はザク様とザク様とザク様の集団である。ザク様っぽく見える士官は全てザク様とお呼びする。だからフドウを射た鉄弓隊の指揮官もザク様である。この場合は"ザク様キャノン"とお呼びするのが筋であろう。
 テレビアニメ版ではこの辺りで主要な役を演じる口髭の美紳士を「拳王軍団団長」とお呼びしていた。『天の覇王』ではリュウガ生前は兵長でしかなかったザク様が*2、リュウガ歿後は師団長→軍団長とえらい御出世である。流石ザク様。このザク様はもしかすると"機動型ザク様"かも知れない。
ms06199811080000-7.gif この"拳王軍団団長ザク様"がこれまた實に凄まじい。というのも、フドウを射たことでザク様は拳王様に殴られるのだが、この時の映像をよく御覧頂きたい。お判りになるだろうか。よく見ると眼球が飛出ているのだ。
ms06199811080000-8.gif それだけなら何も問題はない。普通のザク様なら御落命あそばされてお終いであろう。だが問題はこの映像があった次の回だ。なんと前回眼球が飛出る程殴られたのに、御存命であるどころか、次回にはすっかり御快復あそばされ居城に御帰還し拳王様をお諫め申上げているのである。
 このザク様は"量産型"ではない。エンドテロップを確認するまでもなく同一の"拳王軍団団長ザク様"であることは間違いない。また物語上の時間もそれ程経っていない。まさか御帰還に三月も四月も掛けるわけはなく、ほんの二三時間以内の出来事である。その間に眼球が飛出る程の御怪我を元通りにする快復力、ザク様のタフネスには驚くより他ない。
ms06199811080000-9.jpg 更にザク様はユリアに手ずから繃帯を捲いて頂くが、今でこそ慈母星だ、慈愛の星だ、などと呼ばれるユリアだが、忘れてはならない。ユリアはシンに好きだと思われただけで「死にたくなる」などと云うた酷い女だ。そんなユリアがザク様には繃帯を捲き、何故拳王様がお怒りなのかを訊ねている。涼やかなるザク様の美紳士ぶりには流石の冷血女ユリアも感じるものがあったのだろう。心を啓き忌憚なく言葉を交している。
ms06199811080000-10.jpg 然しテレビアニメ版ほどでないにしても、この怪我の軽さは驚きである。ウサを見てお判りのように、拳王様は例え部下相手でも手加減なさらぬ御方だ。例え副官たるザク様とてヒューイを殺す程の威力で御殴りあそばされたことだろう。それでこの程度の傷である。テレビアニメ版程ではないにしても、驚異のタフネス、その頑強な肉体には驚くより他ない。

ユリア事件

ms06199811080000-11.jpgms06199811080000-12.jpg テレビアニメ版で「拳王軍団団長」と呼ばれていたザク様は、フドウ事件後、ユリアに繃帯をまかれ、ユリアの心に触れ、重要な役を演じる。
 ケンシロウに敗れ、フドウに敗れた拳王様は雷鳴轟く中、愛をお知りでなかったことが敗因であると玉座でお悟りあそばされ、愛を知るには哀しみを知らねばならぬ、という理窟でユリアの命を御所望召された。その拳王様の拳が今まさにユリアに届かんとした刹那、一筋の光が閃き矢が拳王様の右腿に突き立った。
ms06199811080000-13.jpg 信じ難いことである。あの拳王様に矢が刺さるなんて。曾てレイは「ボウガンなど/やくにはたたん!!/北斗神拳の/奥義には/二指真空把がある/矢を放った人間に/その矢が返って/くるぞ」(JC:08:187)と拳王様を狙うマミヤを制した。拳王軍団団長などという重職にあるザク様が二指真空把を御存知ないわけがない。普通の腕であれば弓で狙うことじたいしない。つまりザク様には拳王様の二指真空把をかいくぐって矢を中てる腕と自信があったわけだ。凄まじい腕前といえよう。
 勿論拳王様のお体に矢傷を負わせた者は原作には二人居る。ザク様とレイである。然しレイのとき拳王様はケンシロウと拳を交え奥義七死騎兵斬を仕掛けられていた。レイのボウガンどころではなかった筈である。だからこれは中てられて当然と云える。それでもマミヤくらいなら、トキと戦いながらでも気配を察し二指真空把で返すことが出来た。
ms06199811080000-14.jpg それと比べれば、ザク様が狙うたときはレイより随分近くにあり、拳王様の相手は非力なユリアである。然も放つ為の所作や音がボウガンより大きな弓を使うておられた。拳王様に気配を察せられ易かった筈である。それでザク様は拳王様の右腿に矢を突き立てられたのだ。尋常の腕ではない。流石ザク様、拳王軍団団長の肩書きは伊達ではない。「このラオウに/必要なものは/戦士だ!!」(JC:25:020)と仰有られた拳王様の側近であらせられる。ソリアやハンと渡り合う程の武芸があったと考えるべきである。べきである。べきである!

拳王軍和平交渉

ms06199811080000-15.jpg 拳王様は愛するユリアを涙してまでその手にかけられた。それを見て拳王軍は戦いの無惨と愛の強さを知り、武具を焼いて家族の許に帰って行った。
 原作ではその模様が象徴的に描かれただけだが、テレビアニメ版では拳王軍団団長ザク様がリハクに降伏(和平交渉?)し、ms06199811080000-16.jpgその旨をお伝えあそばされた。
 武器を焼く、という行為は拳王軍全体の意志であり、其処から「戦いの無惨」と「愛の強さ」を読取ったのはリハクであるが、テレビアニメ版ではそのことをザク様御自らが述べられた。この時のザク様は拳王軍団団長という肩書きもあり、最早拳王軍全体を表象する存在である。
ms06199811080000-17.jpg そしてリハクとともに北斗練気闘座へ足を運び、戦いの模様を御覧になって仰有る。
「拳王様の闘気が逃げている!」
 最早バットの台詞を奪う程の主要人物になっている。
 そうだ。こんな重要な台詞、バットが如き小僧に任せられぬ。矢張りザク様のようなDandyの化身でなければなるまい。
 然しザク様は奥床しい御方だ。そんな重要な台詞を仰有るのに、右画像、手前のリハクが邪魔でザク様の凛々しいお姿を拝見出来ない。有り余る御器量と武芸を具えながら決して御自ら前に出ようとなされない。何の才能もない癖にお喋りなリハクとは大違いだ。
 リハクは大した武芸もない癖に身の程知らずにも拳王様に挑み策を失し続けた。それに引き替えザク様は有り余る知性と優れた武芸を隠し拳王様を盛立て続けた。そんなザク様が最後拳王軍解体を差配なされたことで世は光を取戻し平和がもたらされた。そんなザク様に預った世の平安をリハクはたかが五年も保てず手放したのだ。嘆かわしいことこの上ない。同じ口髭オールバックでも黒と白では大違いだ。
 このことからザク様は"裏リハク"とでも呼ぶべき偉大な御方であったことも判る。

まとめ

 お解りになっただろうか、この拳王軍最強武将たる超絶燻銀美紳士ザク様の芳しく匂い立つ男の魅力を。この魅力が判らずして何が男兒であろう、何が女兒であろう。男兒に生れた本懐はザク様のような立派な美紳士を目指すことであり、女兒に生れた本懐はザク様のような真の男に抱かれることだ。我々北斗istは決してこのことを忘れてはならない。

aside

*1
2007/04/03.再編公開
*2
 一般的な軍隊の階級は以下の通り。
 二等兵→一等兵→上等兵→兵長→伍長→軍曹→曹長→准尉→少尉→中尉→大尉→少佐→中佐→大佐→准将→少将→中将→大将。
 場合によっては大将の上に上級大将、更に元帥がある。

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