第一回激愛戦隊総会レポート

前文*1

 これも第四回『北斗の拳について語ろう会』総会レポートと同じく消えたと思うていたのに外付けHDDから発見。
 この頃は多分町田康マイブーム中だったのか、不必要な装飾が目立つ。表層だけ真似しちゃいかんな。無駄に長いのは逐一休憩の都度記録を取っていたから。愛天才、愛肉棒との談話は頗る愉しかったな。
続き

本文

 第一回激愛戦隊総会は平成十三年三月三十一日午後五時半、埼玉県川口駅にて集合、愛天才の手配によって開催される愛の祭典である。第零回総会は我が郷里である堺市にて愛参謀(当時隊長)と沖縄料理を食う事で完結した小規模なものであったが、今回の参加者は隊長モノ愛を筆頭に、当地の手配者愛天才、愛覇羅、愛刺客、前回参加者である愛参謀と儂愛忍者の計六人と多め、最盛期の『北斗の拳について語ろう会』総会は十数人規模であったらしいが、此方も第一回にしてはなかなかのものであろうと思う。
 然し実の所儂は参加を迷っていた。何より遠すぎた。自動車で走ったとして、堺市から川口市は五百八十キロ、凡そ七時間の道程だ。ガソリン代が往復で約一万五百円、高速料金が片道一万九百円で往復二万千八百円、首都高阪神高速それぞれ七百円づつで計二千八百円、都合約三万五千円、新幹線に比べると半分の料金で済むが、それでも結構な金額であるし、二倍以上の時間を費やす過酷な旅だ。
 だが関東見物は儂にとって魅力的な餌だった。儂は前々から関東見物に行ってみたかったのだ。元より彼岸終わりの休暇には何処かに出掛ける予定だった。これぞアミバ佛の思し召しやも知れぬと儂は参加を決意した。
 しかしながらその距離は問題で、体力の限界に挑戦する呈のものである。午後五時半までに埼玉に到着しようと思うなら、走行時間七時間に加え渋滞対策として余分に二時間、計九時間は必要である。逆算して午前八時半出発だ。然し流石に七時間連続運転は陸奥北海に突進する花田の如き無謀、休憩を三回以上加えたい。何より長旅であるし、八時半頃は通勤などで道が混みそうだ。六時出発が似合いであろうが、早朝じゃない、やだなぁ、ならばいっそ仮眠を予定に入れてしまおうと目論んで、三十日即ち前日出発を計画した。
 宿のことは心配ない。我が愛車はワゴンタイプなので後部座席を前倒しにすると充分横たわることが出来た。其処で毛布を被って眠れば充分、飯はパーキングエリアに幾らでもある。いいじゃない、結構結構と、毛布は前から積んであったので荷物に枕を加えた。所持金十万五千円。用意は万全かと思われた。

出発

 三十日、儂は正午過ぎに起床、気怠げに動き出し、だらだらと過ごした。出発時刻は決めていなかったが、朝日放送『探偵ナイトスクープ』を観てからか観る前か、即ち午後十一時以前か零時過ぎか、零時過ぎだと当日出発になってしまうが、兎に角そのどちらかにしようと考えていた。処が結局午後七時という早い時刻に出発した。変な話だが、三十日の拙宅には儂の居場所などなかったのだ。
 この破戒無惨な儂とて一応は住職、三十日から四月一日まで留守にすることは母に告げていた。緊急時、例えば葬式が入った時などの為であるが、この母は何を勘違いしたか三十日の昼過ぎには出発すると思い込んで儂がいない前提で家中をカスタマイズ、例えば儂は日頃能くココアを飲むのだがその為のお湯が沸いていないなどしていた。だから烏龍茶までないし、居心地が頗る悪い。その居心地の悪さに堪えきれず当初の予定を変更して午後七時に家を出たと云うわけ。外に出ると雨、そう云えば天気予報を聞いていなかったが昼間から予感はあった。関東はどうなのやら。
 儂のラップトップPCにはカーナビアンテナが装着されているので、自宅から川口駅の行路を設定、カーステレオ前面にある自作のホルダーに設置。この自作ホルダーは今回の激愛幹部会参加が実質デビュー戦、彼岸結願の二日後に完成し、二度の実験をクリアした作品だ。別にこの機会に合わせたわけではなかったが、これもアミバ佛の御加護だろう。南無アミバ佛。そのカーナビは雨天の為か少々反応が鈍い。然し五分もすると正確な位置を把握し、道を示してくれるようになった。安心安心、そのまま順調に七百円を支払って阪神高速に乗り、名神高速豊中ICを目指した。その時気付いたのだが、儂が高速に乗るのは彼此一年ぶりくらいで、故に高速の感覚を全く忘れていた。おお、高速道路とはいと疾きところよのうと一寸面食らい、些細な失敗を犯す。阪神から名神に乗る際、本来は京都方面に進まねばならぬ処なのだが、逆方向の尼崎方面に行ってしまい、降り料三百円、一区間分百円、計四百円の無駄銭を払うてしもうた。そう云えば豊中から京都に入る道はカーブが急で怖かったんよな、と憶えている筈なのに間違う体たらく、恥ずかしい限り。因みに尼崎はダウンタウンと千堂あきほとちゃらんぽらんの出身地だ。兵庫の癖に市外局番が大阪と同じ066なのが納得出来ぬ。

給油、休憩

 九時九分、ガソリン残量少なし。未だ彦根を越えておらぬというに何事かと思ったが、一昨日泉南に友人を訪ねた為ガソリンを消費していたのを思い出す。あと百キロは走れようが川口まで五百キロ程あるので補給しておかねばならぬ。程良く甲良サービスエリアに給油所があったので立ち寄った。
 給油はさておきこの甲良サービスエリアで一息吐こうと建物に入ると、食券なる紙切れの販売機が鎮座ましましているのが目に入った。成る程、皆此処で腹をくちくして次なる目的地への英気を養うのだな、ならば儂も空腹ではなかったが念のためチーズカレーを食さんと食券を購入、金六百六十円、初老の男に渡しチーズカレーを受け取った。初老ってのは四十歳の事だから念の為、最近じゃ六十男も初老と申すようだが六十じゃ最早初老でなく老、勉強になったな精進しろよむふふ、カレーは味の割に高いがまぁこんなものであろうと味わう。ついでに缶コーヒーを買ってこれが百二十円、此方の方が英気を養うには相応しいのではなかったかと悔いるも失った六百六十円は既に販売機の腹に消えた。儂は六百六十円との永久の別れに涙し車に戻る。
 食事を手早く済ませた筈なのに時計は九時四十分と仰有る。それほど面白い場所ではないのに光と戯れているうちに時間が過ぎたらしい。光陰矢の如し、古人は良いことを云う、偉い、でも役に立っていない、と一人愚痴て本来の目的であった給油を行い三千五百円を失う。さらば三千五百円、君の笑顔は忘れない、結構出費が嵩むものよ、交通費を三万五千円の五千円増しで四万円と予想修正、十万で足りるだろうがお土産は買えぬと心得る。それでもまだ新幹線より安いのだから我慢すべし。

疲労

 十時四十分頃、疲れたので尾張一宮パーキングで休憩。此処までの走行距離二百キロと少々、睡眠をとるか、もう一踏ん張り走るか、残り三百七十キロ余り、まだまだ遠いが、明るい方が走りやすいしなぁ、どうしようかなぁ、と迷ってうだうだ過ごす。
 このパーキングは良かった。何より人がいなくて心細いのがよろしい。矢張り旅の醍醐味は心細さだ。困った時に誰も頼れぬ処に身を置いている点が堪らない快感、これぞ男の心意気じゃい、と喚く。嘘、喚いていない。
 儂が薄らぼんやりと旅に出ようと思っていた理由は、大阪から少し離れてみたかったからだ。皆も知っていると思うが、大阪人はどんなに心懸けても大なり小なり大阪中華思想に毒され、饂飩の汁を誇る。儂はそれが厭で、勿論、そりゃ青森人でも鹿児島人でも同じ処はあるが、特に鹿児島人にその気が強いわけだが、矢張り大阪に生を受けた儂はそれが何となく恥ずかしい。だから少し距離を置いてみたかった。関東見物でもう一度大阪の位置を掴みたかった。いわば大阪は魔闘気立ちこめる魔界、位置を掴むためには回転せねばなるまいよ。寡聞に拠れば大阪と云うところはカルカッタの縮小版と云った趣だそうで、儂にはそれがどうもよく理解出来なかったのだが、今回の旅でそれが理解出来れば大成功、その為には早く着いて東京を体感せねばなるまい、とハイジの小さな胸は弾むのでした。
 日付が変わる時分に至り、愛参謀の携帯に他愛のないメールを送って休む事にした。後部座席を前に倒し、毛布を二枚用いて横になった。微妙に脚が苦しいがなかなかの寝心地、このサニーワゴンを選んで良かった、有り難うディーラーのAさん、プリンスに似てるよね、加速の際なかなか速度が乗らぬのが難点だが、愛車は頑張って走ってくれてますぜ、とお祈りして瞑目する。処が三十一日午前零時四十分、眠れぬのでむくりと起き出す。そう言えば昨晩休んだのは朝方だった。町田康『つるつるの壷』を、はは、おもろ、なんて具合に読んでいたら変な時間になっていた。今さら寝ろと云われて眠れる訳はなく、結局もう百キロ走る事にして尾張一宮を後にした。
 周りを見ると走っているのはトラックばかり、三月も末、普通皆は忙しいのだから当然のこと、この日に暇な儂の身が羨ましかろう、妬め媚びろ、うへへ、ざまぁかんかん、と内心威張る。然しそんな儂の良好な御機嫌を妨げる無礼の輩が……前を走るミニバンが微妙に遅い。時速にして七十五キロ前後、八十キロに届かぬ微妙な遅さ、即ち法定速度以下である。儂のシートは八十キロ用にチューニングしており、運転中に変更するのは危険窮まりない。なんと忌々しい。ミニバンと儂の安全は儂の右腿にかかる。不愉快窮まりなし。然も妙な具合で追い抜くタイミングが図れぬ。その上この野郎、時折ブレーキを踏みやがる。その度に儂も減速せねばならぬ。すると後ろのトラックがパッシングして儂を煽る。おのれ、儂の所為じゃないやい、前のこん畜生が悪いんや、うるさい、殺すぞ。
 それでも何とか新城パーキングに到着。時刻は二時少し前。ほぼ百キロの道程にこれだけ時間がかかる筈がない。矢張りあのミニバン野郎の所為だ。何と中途半端な奴か。ミニバンなんて車種まで中途半端なファック野郎だ。呪殺してくれよう。オンソンバニソンバ…。ん? いや待てよ、中途半端とは、もしかして尼崎に降りたことと関係が? 尼崎→ちゃらんぽらん→中途半端→ミニバン→七十五キロ? 尼崎に行ってしまったのは儂の失敗ではなくアミバ佛のお告げ? そうに違いない! 南無アミバ佛。御免、近畿圏の人しか判らんな、大阪にはちゃらんぽらんって漫才師がいて、その大西さんって人のギャグが「ちゅーとはんぱやのー」なので、これを中肉中背で伊丹住まいでカリーナ乗りの富吉さんにぶつけるのだ。二人はこれで上方お笑い大賞を取りました。
 さて、今度こそ寝るぞ、と決意して後部座席に移動、毛布にくるまる。静岡の道は景色が良いからと教えて下さる人がいたのでそれに期待して微睡む。

夜明け

 午前五時十五分頃再出発。計三時間ほどの休息。睡眠は取ったのか取れなかったのか解らぬが、多分少しは眠れた筈。故にそれなりに快調、白々と夜が明け始めたが生憎の曇天、関東の晴天は拝めない。処が豊田に入った辺りからの景色が頗る良い。美しいぞこん畜生、大阪の小汚い景色に慣れた儂にはカルチャーショック、成る程これがドライブの醍醐味か、やってみるものだね、などと免許を取って六年になろう儂は初めて思う。この辺に住んでいたら毎日ドライブに出かけるかも知れぬ。それくらい大阪の景色と違う。大阪、そら某森に疸壺と云われるさ。中島らもも某森やんの発言に「言い得て妙」って云ったっけ。
 静岡に入った記念に日本平サービスエリアで休憩、時間を見ると六時四十分、百十キロ進んだ事になるがそろそろ走行距離には意味がなくなってきた。儂は今まで妙に時間を気にしていたが、よく考えると時間を気にする必要がない。普段車に乗っている時は常に時間制限に縛られているので、その癖が抜けぬのだが、急ぐ旅ではないし、ゆるりと道中を愉しむが佳い、なかなか習慣というものは抜けぬものよ、なんて自分に呆れる。
 此処で改めて計算してみると、ほぼ完璧に時速八十キロで走行している様であった。法の鏡であるがトラッカーはむかついているだろうなぁ、と他人に配慮、景色を愉しんでいたらゆっくり走っていたわけで、責任は景色の方にある。御免ね数多の文さん邦衛たち、なんて月に向かってお祈り、嘘、月なんて出ていない、山中鹿之助を真似たかっただけさ。
 八時四十分に出発したのだが、どうも調子が出ないので三十キロで走行断念、富士川サービスエリアで休憩を試みる事にした。日本平より整備されていて格好良い。その上静かだから少々仮眠をとろうと思う。時計を見ると九時丁度、不調の原因はまだ寝惚けていたからだろう。安全の為にも休むのが良い筈。

吹雪

 顔にタオルをかけて眠っていた儂は、予期せぬ物音に驚発されて目を覚ました。数瞬それが何の音か理解出来なかったが、それは窓を叩く音、振り向くと見慣れぬ若奥様風の御婦人、かわたれぞ、と思うより早く御婦人はヘッドライトが点いたままですよと仰有る。有難う御新造さん。バッテリの危機は貴女の出現によって救われた。南無アミバ佛。
 時刻は十時を示していたから、一時間と少しは寝た勘定になる。そろそろ出発かと思った儂は厠を探して車の外に出た。処がこれが異常に寒い。後で知ったが富士川は標高百米を越えた処にあるらしい。霧も出ていたし、此処で眠り続けていると凍死していたやも。あの御婦人はバッテリだけでなく儂の命も救ってくれたわけだ。あれはきっとヌメリの使徒であろう。ジーク・ヌメリ。
 富士川から出て何度かトンネルを潜ると御殿場が見えて来た。此処は彼の有名な古狸が鷹を飛ばした土地。鷹狩りなんて出来るくらいだから当然何もない。四百年経った今もそれは変らぬ様子。なんであの古狸に関わる処、関ヶ原とか御殿場とか愛鷹とかには何もないのだろう、などと思っていると、何やら異常現象が発生、雨が正面から降って来る。よく見ると液体ではなく物体、結晶である。
「雪だ!」
 そりゃ寒い筈だ。看板を見れば標高百二十余米だとか、巫山戯るんじゃない、こんな春に雪が降ってたまるかい、てやんでぇ、殺すぞ、と猛り狂って否定してみたものの、矢張り我が目に映るのは雪、最早俺の目には雪しか映らぬ、おのれ関東、其処まで儂を拒むか! そんなに嫌いか! などと罵るも雪が止むわけでなし、敢えてその雪を甘受し愉しもうと試みるも、できるかぼけぇ、寒いもんは寒いんじゃい、と怒りを顕わにする儂だが、車内は一人、表層化した我が憤怒を知り得る者は我が客観意識しか存在し得ず、照れる。恥ずかし。

おっさん

 雪にまみれ疲れたので休憩、時刻十一時四十分、其処は港北とか云うサービスエリアで、香港みたいな地名だと思った。思い立ったので成龍(Jakie Chan)の『香港回帰』を出鱈目な広東語で熱唱、カーナビを操って日本橋まで後少しである事を知る。このペースだと予定より四時間ほど早く目的地に到着しそうな気配、睡眠時間が短かった所為であろうが、こんなに余っても仕方ないぞ、どうしよう、東京見物にしても長すぎだ、こんなんじゃ無駄銭使ってしまいそうだなどと焦った挙げ句、もう少し寝ようと企んだ儂は、今度は運転席を後ろに倒して眠る。
 そして午後一時、再び予期せぬ物音に驚発されて目を覚ます。数瞬それが何の音か理解出来なかったが、矢張り窓を叩く音、振り向くと今度は見慣れぬ中年男、またもヘッドライトかと確認したが今度は違う。では何かと考えても解らぬのでドアを開けて何でしょうと尋ねると、その時儂は酷く強い衝撃を受けた。「ちょおにいちゃんごめんやねんけどあんたおめこすきかええこしってんでわいがくちききしたろかあんたすきやろしょうじきにゆうてみぃや」とでも云うべき御面相の中年男が「おにいさん寝てる処悪いんだけどさぁ、ちょっといいかな」などと流暢な関東弁で仰有る。
 恐るべし関東!
 関東ではこの様な下賤な面相の輩でさえ関東弁なのか! 小田原付近でさえそうなら東京は最早東北弁か! などと思ったが、よく考えると当たり前、奈良県民だって上方訛りであることを思えば港北だって関東だ、関東弁で何が悪い。儂は素直に謝る他なくすんませんすんませんと九日九晩平蜘蛛の如く這い蹲るわけだが、それは邯鄲夢の枕の如き刹那のことであり、中年男には一拍ありやなしやの間、中年男は話を続けていた。
 中年男曰く「西武百貨店に配達する途中なんだけど」、何や道かいな、儂知らんで大阪やもん、他当たり他、などと捨て措こうとすると「いやいや、荷物が余ったから買ってくれないかな?」などと吐きよる。そんなアホな、余った荷物でも売ったらあかんやろ、と思い拒否を試みるが「知ってる? オメガとかベルサーチとか」と宣い儂の顔色を見ようとしやがり、このおっさん嘗めてけつかるな、殺すぞ、オメガやベルサーチくらい知らいでか、ボケ、を圧縮技術で「しらいでか、でもいらんで」の二句に込め、如何にも商人風の口調で威嚇、まさか奴が如何に阿呆とて商人風の男に物は売るまいと考えるも、奴は食い下がり売ろうとしやがる。呆れた儂は「高速下りる金しか持ってへんからいらんわ」と話を切った。おっさん曰く「そう、寝てるとこ御免ね」などと最後まで流暢な関東弁、儂は痛く感動、大阪なら罵詈雑言を浴びた処であるがこの中年男は謝罪しやがる。此処が関東か、と打ちのめされたが、かと云ってもオメガやベルサーチなどいらぬのであるから清々。どうせパチモンやろオッサン。
 然しあの顔なんだから土着の方言で喋って欲しかった。この辺りなら「〜〜だのん」とか「〜〜じゃん」だろう。

首都高

 折角起きたのだからと仕方なしと出発、程なくあの伝説の東京料金所に到着、儂は財布に手をかけた。おお、圧倒的存在感…は別に感じない。有名所の割に面白味のない処である。相変わらず雪が沁々と降り、東京の青空を拝めぬことを悟る。サトルと云えばマサルの父、努々お忘れなきよう。因みに出費は一万一千円也、尼崎からは吹田からより百円高い。
 継いで悪名高き伝説の高速道路、首都高に突入、値段は全国共通の七百円、どうってことない場所だなと思うが甘かった。その名に反して低速でやがる、と云うより渋滞。そう云えば首都高は渋滞で有名なんだね、とがっかり、道の感じは阪神高速の方が綺麗だっただけに二度かっがり。
 処がこの首都高野郎、なかなかやりやがる。無理矢理町中に道を渡したものだから、ビルやら何やらとの距離が近い。住民は平気なのかと心配になるが、排ガスはまだしも以外に静かなのに驚愕、みんなクラクションを鳴らさない。渋滞なのにみなさん律儀に詰まっている。追い抜かない割り込まない、よってクラクションを鳴らさない。おお凄いぞ、大阪なら二車線の高速で渋滞したら三車線に化けている処だぜ、なのに首都高は左路側帯が空いている。皆何も想わぬのかスカポンタン、空気が入る処には収納出来るもんだ。高速も同じだと思っていたのに彼の地では違う。流石武士の街、そう云えば大阪には虹の街があったな、今はないがサザエさんだって来たんだぜ、などと錯乱して渋滞を愉しむ。高野山の修行で同窓だったMT氏が大阪の渋滞を「画期的な渋滞」と評したが、確かに首都高の渋滞と比較すると成る程、大阪の渋滞は近代美術、東京の渋滞は伝統美術。
 然しそんな首都高にも無法の輩は存在する。それ即ち横浜ナンバー、此奴らだけは大阪流走行術に似ている。速度がある分まだ酷いかも。そう云えば東名で見掛けた横浜ナンバーも無法だったなぁ。大阪の車は速度はそうでもない。渋滞の技術を競う、と云うより渋滞が無茶なだけ。速度は普通より少し速い程度、でも横浜は速度と技術を兼ね備えていたね。ある種尊敬、凄いよ横浜ナンバー。
 処で儂の前を走るのは神戸ナンバーだったのだが、連中は近畿圏で唯一法定を守るドライバーで、首都高でも上品に走っていたが、神戸も横浜も似たような街なのに何故運転だけは似てないんだろうねぇ、なんでやろか、と疑問が湧いた。答え知っている人、教えて。こんな感じで東京渋滞を愉しむも、唯一東京らしからぬと思う点を見付ける。
 首都高には立ち小便する輩が多い。
 確かに本日は降雪して寒いので仕方ない。だがあの小汚い大阪でも此処までの立ち小便は見られぬ。これは関東の風習だろう。そう云や『ジャングルTV』で外国娘が「日本人は高速道路で立ち小便をする」と云っていたが、これを見る限り確かにそうだ。だがこれは東夷の習俗に違いない。後の話だが、帰路でも矢張り皆やってました。大阪では滅多に見掛けぬから間違いなかろう。

徘徊

 渋滞したにもかかわらず予定時間を三時間も余して到着の兆し、川口で待ち惚けも何なので新宿を徘徊するべく首都高を降りる。処がこれがちっとも面白くない。三時頃から走ったが、情緒っぽい処とか都会臭い処があまりなく、東京の値打ちである筈の芸能人さえ見やしねぇ。ただ大阪と違うところは建物の高さだけ、東京建築はノッポだからね、カーナビが利きにくいんじゃボケェ、画面が真っ青になったから潰れたかと慌てたら、日本海に飛んでんじゃん。
 此処で首都高を走ったのに皇居を横切った記憶がないことに気付く。ファッキン、儂に皇居をみせやがれ、その為に京都から天皇を誘拐したんじゃないかこの増長慢、と憤る。後で知ったが首都高の壁に阻まれて見えなかった様子、責めて皇居くらい見せてくれてもいいじゃない、吝嗇。

東京評

 さて、この後川口駅に向かう事になるわけだが、儂の体感した東京という街の観想を述べておく。
 東京と云う街は日本国としてみれば出来て四百年ばかり、その頃は江戸と云ったのだけれども、江戸は新しい街で、出来た時から首都だったのであるが、四百年と云えば家系にして二十代ばかり、前後漢王朝とほぼ同じ古さで、一つの王朝の興衰に充分な期間であり、古都と云えぬでもない歴史を持っている。古い街である江戸は我が郷里の堺でも同じだが自動車なんて柄の大きな移動手段が出現したにも関わらず人のみが歩く勘定で整備された狭い道が張り巡らされて非常に不便窮まりない。如かしながらその不便な道を広げようとしても住民が鎮座していてそれも叶わず、政府の意図に反して開発が進まず、また車が出現して間もない頃の明治政府の算段の甘さも相俟って東京の空は狭きことこの上なし。また不便。お年頃の御婦人などは米国の道路を見て米国の道は広くていいわねぇ、なんて云っている内に元より米国と欧州の区別がないものだから、欧米の道は広くていいわねぇ、などと宣うのであるが、伊国にしても仏国にしても英国にしても古い街は矢張り道路が狭く自動車の置き処には常に困る。結局道が広いのは後進国と米国だけ、東京様も恥じることはない。狭さは古都の証さ。抑も米国は国民が本朝の二倍にして領土が四十倍だから、都合二十倍の土地を我が儘に使えるわけで、東京と比べちゃぁ可哀想、比較対照にはならぬ。然し東京の感心な点はその狭い道を出来るだけ美しく飾ろうとしている配慮で、小汚いことで有名で森善郎に「疸壺みたな街」と評された大阪とは好対照である。だがその東京とて「江戸情緒」などという非合理な心理を生み出すだけの歴史を経ているわけで、「江戸情緒」が存在する限り皆が一致団結して街を美しく、なんてのは画餅、NOと云える戦国大名石原都知事も難儀しているに違いなし。
 この江戸庶民を支配する絶対正義「情緒」とは物事を機能させる歯車が欠けて咬み合わぬ故の不都合、それを取り替える資金なきが故の辛抱を正当化し見栄を張らんが為に生み出されたものだ。それは骨董趣味だとか、馬鹿な子供ほど可愛いだとか、そう云ったことと同じで本来誰とて下町なんて小汚く狭い街には住みたくないし、隣人に生活を監視されるなんてことも歓迎すまいが、その現状を甘受するには「情緒」と云って仕舞わねばならぬ辛い事情を抱え、それを「美しい江戸情緒」などと杉浦日向子なんかがなどと云って、プロパガンダ、洗脳してしまう。杉浦日向子なんかはお金持ちになったから既に外野、太閤さんが我が儘三昧の挙げ句にやっぱり戦場で食った泡の飯が一番旨いよね、と云うのに似ている。江戸庶民は総てと云わぬまでも騙されている。故に幾ら東京都庁なる支配者が衣装を揃えて町並みを煌びやかに飾ろうとも江戸情緒を自らに強いねば生きて行けぬ町人ばらがいるかぎりその美しく都会的な東京は嘘八百、エリュシオンと相成る。それを真実にせん欲するなら本朝が他国の金子を詐術にて奪い人民が肥えた上でまたも朝鮮支那へと攻め上らねばならぬ。だがそれではまた米国の爆弾で広島と長崎が焼尽し、東京も大阪も空襲にて焼き払われ、結局貧困からの出直し、なんて次第になるわけだから禍福は糾える縄の如し、巧く行かぬものである。
 即ち東京という街は見栄こそ綺麗にしているがその実江戸という田舎に成り果てた虚構の街である。東京の人は怒るかも知れないけれど、もとを正せば怒る人も祖父は青森出身だろう、必死に守る事もあるまいよ。因みに京都は三代と云わず数百年は経ないと京童認定されぬ。天皇さんかて一寸東京に行幸なさっておいでのことで、また帰ってきはると信じている。それを思うと東京はまだ新しい街かしら。東京幻想は渋谷やら吉祥寺で浅草を隠すことで成立つが、東京と云えば結局の浅草や神田だよね。
 でも矢張り東京は首都、看板だけでも何でもあるね。動く看板がないことは不満だが、大阪と違って専門学校と外国料理屋さんが沢山あって、流石首都、と感心してしまう。外国料理屋さんが多いってことは郷土料理を開発しない意思を示す。故に東京料理なんて存在しないことが判る。大阪が結局饂飩の汁に落着してしまうことを思うと首都らしいが、土地の旨いものがないというのも寂しい話、和製パリッ子の小生には堪え難い。だが東京の専門学校の多さったらどうだろう、これは羨しい。儂がもし東京生まれなら家業の暇さを利用して万能の技能者を目指してしまう処だ。大阪でやると趣味に落ち着いてしまうことでも東京でやると活動になるもんな。逆にこの街で自堕落に過してる奴に生きる価値はない。ウルフルズが『大阪ストラット』で「何もかもあんでぇ」と歌っているが、あれは嘘で、大阪には何もない。でも東京にはだいたい何でもあるなぁ。

合流

 ゆるりと東京見物をして、一応満足したので埼玉県へ向かう。
 池袋辺りで「あ、埼玉に入るんだ」と判る町並みに感動、また巣鴨に来ると意気消沈、埼玉ってどうなんだろうと不安になったりした。
 然し埼玉に入って愕然、西田辺程度を創造していたのだが、都会やないか、埼玉と云えば河越と思っていたが、なかなかどうして川口も頑張るものよ、我が郷里の堺市より都会的ではないか、道が一寸狭いが、やるじゃない、と小躍りした。昔笑福亭鶴瓶が焼き肉のはやのCMで「ペンネーム小躍り」を連呼していたが、具体的に何の意味があったのだろうか。
 程なくJR東日本川口駅東口に到着。チョロいぜ、などと思って時計を見るとまだ四時十五分、まだ一時間余りもあるではないかと途方に暮れ、取り敢えずレポートの下書きをしながら愛天才に電話をかけてみる。後で聞いたが愛天才は儂のことを筋骨隆々の恐ろしげな男と想像していたらしく、儂のカナリアの囀りに似た声を聞いて腰が砕けたとか。『北斗の拳について語ろう会』総会の際の女刹殿も同じことを仰有ったが、儂の文章ってそんなに筋骨隆々なのかしら。
 愛天才に聞いた処、近辺に無料駐車場の類の気の利いたプレイスはないらしい。ガッデム。おまけに雪まで降りやがって、車から降りられぬではないか。さてこの余暇をどうするか、仕方ないのでレポートの下書きをタイピングし、五時十五分まで時間を潰す。案外潰れるものだと思って駅前駐車場に突入、待ち合わせ場所に降り立つと愛天才から電話があり、既に三人が集っているとの報告、指定の場所に向かうと愛天才・愛覇羅・愛参謀が居並んでおり、三人は儂の姿を認め一瞬にして儂を愛忍者と看破、愛参謀とは久しぶりなのでその呈の挨拶、愛天才と愛覇羅にも挨拶、すると程なくモノ愛隊長出現、愛刺客は寝坊の為欠席すると愛参謀が申すので都合これで8時だよ全員集合、時刻五時半、随分正確な待ち合わせ、南無アミバ佛。

焼肉

 五人のヌメレンジャー、モノ愛隊長がヌメレッドであれば、愛参謀はヌメブルー、儂はヌメブラックくらいが良いな、と考えていると、愛天才曰く焼き肉屋の予約は六時、三十分時間が余っているとのこと、儂はうろうろしていても何だから一応向かってみようと愛天才に提案、本当の処は今日一日何も食っていなかった為であるが、五分もせずに焼き肉屋に到着、店に入ると三十分早いが店番は快く入店を許可して下さり、我等五人衆一番奥に案内された。我らの会話と身形を女店員が訝しみつつも歩み寄り、飲物を聞いて去る。程なく飲料を持って参ると牛死肉を受注されんが為片膝を着く。尚も訝しむ様子、我らが愛気に気圧されているわ、と勝ちを確信、愛参謀と儂が率先して注文するも我らが上方訛りは聴き取り辛いらしい。儂も店員の訛りが巧く聞き取れず多少難儀、腹で毒突く。
 死肉が到着するまでの間に隊長モノ愛の音頭で乾杯、曰くメメタァ、儂にとって本日初めての食事、生レバ、ユッケ、日本酒を戴く。日本酒自体は美味かったのだが、肉と合わないことに気付き一人絶望、だが生レバは好物故機嫌良く胃の府に納め、ユッケにも満足。モノ愛がデジカメを取り出したので皆中指をぷるぷるさせて撮影、店員が更に訝しく我らの様子を窺う。愛参謀は軟骨なんて上級焼肉者的牛死肉を注文、儂も幾らか食って愉しんだが、他の肉は其程でもなかった。然し儂にとっては久しぶりの食事、空腹では何を食ってもそれなりに旨い。暫くして愛天才が何を思ったか特上カルビを注文、傾奇度+6、風流度+3したので儂も註文、金五千円也、うひゃぁ。

陰謀

 七時頃、愛天才の煙草消火を合図に店を出た我ら、儂はこのまま街をうろうろするより荷物を何処かにやらんかと提案、地下駐車場を六百円消費して我が愛車で出動、一路愛天才の自宅へ、部屋に入ると意外に広く良い感じ、調度品を見ると意外に普通だが具に見ると成る程、矢張り造作、使う人が使えばどんなものでも造作と合点、その時愛参謀がやおら鞄より何やら抜き出しビデオデッキに差し込む。聞けば噂の陸奥北海ビデオ、そりゃぁいい、皆で鑑賞しようと相成って愛天才がビデオケーブルを手繰り始める。入力端子の関係でゲームやビデオの都度繋ぎ治さねばならぬとの由。いざ繋ぎ終えて陸奥ビデオがビデオデッキに飲み込まれ、我等一同胸を弾ませ息を飲んだ。何故か儂は右腕から出血しておった。原因不明。
 然し声こそ出るもモニターにはノイズ、作動しているのに映らぬ。愛天才と愛参謀が動き出し、何度もケーブルを繋ぎ替えるが結果は同じ、儂も見てみたが、どうもテレビ側の入力端子の接触が悪い様子、不思議なことに他のビデオは映るが陸奥ビデオだけ駄目、僅かに灰色の脂肪が蠢くのが解る程度。
「はぅあっ!」
 儂は気付いた。安治川部屋の陰謀である。御殿場で雪が降ったのも、このビデオが写らぬのも、安治川部屋の陰謀である。京都から愛参謀が埼玉に来襲するのを阻止すべく安治川部屋がフリーメーソンかイルミナティか悪魔的ユダヤ人を動かして雪を降らせ愛参謀のビデオテープに細工したのだ。仕方なく陸奥北海鑑賞会を断念、北斗6をプレイ、黒夜叉の反則的強さに笑い、愉しむもゲーム自体の底力がアレだからそんなに盛り上がらず、花慶(SFC)に移行、然しまたも盛り上がらず、愛天才が花慶ストーリーモードを攻略せんと試みるも、一章半ばで力尽き、PS北斗に取って代わられる。聞けば愛天才、拳王長槍騎兵に勝利出来ず中途七章で止まっているとのこと、愛参謀がいざと動きだし、偽拳王様の余りの弱さに一同愉快に笑いつつ攻略、第八章に至る。

歌唱

 十時にカラオケに行こうと出発、我が愛車に一同乗り込む。どうも道の感じがつかめぬ儂は何度も曲がり角を間違うが何とか到着、シダックスって何処にでもあるのだな。流石土曜日、繁盛している様子で我ら一同暫時待つ。不快ではあったが我ら激愛戦隊、愛の名の許に辛抱し、無事部屋に通された。機種はDAM、悪い機械ではないがヌメソンが少な目なのは調査済み、一寸残念。適当に飲み物を頼む。座敷に通され一同車座に陣取り選曲する段になってはたと気付くとリモコンがない。これでは選曲出来ぬではないか。我等五人死力を尽くしてもリモコンは何処かに消え失せ出てこない。一瞬店員が持ってくるのを忘れたかと思ったが、シダックスはそんなシステムではない。見渡すと部屋が妙に散らかっている。もしやとソファーの裏を見ると紙お絞りの下にリモコン発見、腕を伸ばして救出、処が我が右腕の肘関節が引っ掛かり腕が抜けぬ。戦場の倣いと腕の切断を覚悟するが其処までのことではないので力一杯引き抜く。抜いて安心、腕は痛む我が右腕は健在、一人胸を撫で下ろす。そう云えば先程の出血はこの予兆かしら。我が予知能力、恐るべし。
 景気づけに儂が伊武雅刀『子供達を責めないで』を怒鳴る。そう、これは怒鳴る詩なのです。次に愛天才、『愛を取り戻せ』を仕掛け、儂が田中パートを担当、愛天才が二番の最初辺りに力尽きた様子なので、以後儂の一人芝居。歌い終えた儂はラップトップを取り出し、ヌメソンファイルを展開、皆にヌメソン歌唱を強要、ヌメソン大会と化す。すると愛参謀、何やら怪しげな物を取り出す。我ら一同驚愕、
「ヌメリマスク!」
 愛参謀自作の愛遺物、神聖な愛気に我等圧倒され、腹が痛い。
 ヌメソンは歌ってみると愛刺客と愛参謀の作品が非常に面白く、文字以上のものがあった。然し愛参謀は何故か自分の作った歌に記憶がないらしい。十二時頃店を出、金三千円也、愛天才宅に帰還、愛天才改造ビートマニア98を見て一頻り笑うなどする。二時頃、愛参謀が川口でホテルにチェックインしていると云うので川口駅まで送る。我らは三度愛天才宅に帰還、しまった、愛参謀に寿司盛りするのを忘れていた、などと悔いる。三時頃に儂就寝、異常に寒いにも関わらず布団がない為難儀したが、儂の持参した毛布が活躍。用意はしておくものだ。

歓談

 儂が起床したのはどうやら正午らしい。モノ愛と愛覇羅は既に起きていた。愛天才も起きていた筈。どうも儂は疲れていたらしく、普段かかない鼾の大音声を響かせていたらしい。みんなごめん。儂はぼんやりしながら帰宅するのが面倒になっていた。面倒と云うより疲れていたね、肩は痛いし背中は辛い、腰も目もきついね、やっぱり新幹線の方が楽だったかなぁ、普通席でも良いよねぇ、などと後悔するが、一度車で来ると帰りも車で帰らねばなるまい。絶望に打ちひしがれ、江川卓の悪口とか、色々なことを考えた。
 ややあって愛天才の友人愛肉棒登場、愛天才と二人して朝食乃至昼食を買い求めに出発、そう云えば儂らはその料金を支払っておらぬな、今度また何かの機会にお返しするよ。愛天才と愛肉棒が帰還し、そのまま二時間ほど談笑する。愛天才と愛肉棒は特に陰茎三分の計の話に酷く興味を惹かれていた。詳しく解説すると、魔羅の海綿体は三つに分かれていて、三つに割っても勃起出来るのだそうで、先っちょにピアシングし、年月をかけて裂いて愉しむ人が存在するらしい。三分割きの写真はないが、二分割きの写真がブレンダ・ラヴ(唐沢俊一監修)『超変態系』(二見書房)にあるそうだ。それで何になるのかと云うと、もの凄く気持ちが良いらしい。その話を二人は催促し、儂か「らしい」と云う頼りない話を二人に聞かせたと云う次第。この二時間の会話を思い出してみると、寄生虫に住まわれた精巣の映像を見ながら笑ったり、ボルネオの原住民の陰茎鍛錬法とか、どうも陰茎の話が多かった様な気がする。他の話もしたと思うが、矢張り陰茎話しか思い出せぬ。男が集うと、と云うより儂と愛天才と愛肉棒の好みなのだろう。モノ愛、愛覇羅、介入出来ぬ話をしてごみんよ。

帰路

 二時半頃、そろそろお開きと相成って愛天才宅を出発、まだ寝惚けていたか我が運転は頼りなく、愛肉棒の先導で何とか三時頃に川口駅に到着、あっさり解散した。因みにこの手の集まりを俗に「OFF会」などと申すそうだが、我等の場合は愛が全開、ON状態だったので「OFF会」ではないぞ。努々お忘れなきように。首都高を目指す途中でガソリン三千六百円分補給、カーナビPCがフリーズして一寸ばかり焦るもなんとか再起動、七百円を支払い首都高に再び乗ったが矢張り低速、東京料金所に到着したのは四時半頃、一時間もかかる距離かね、と呆れつつ大阪に向かう。矢張り皇居は見えませんでした。
 五時半頃、どうもまだ寝惚けているのか調子が悪く、足柄インターで休憩、飯でも食おうと思い立ち車から出る。どんな名物があるのか事前に知らぬので何を食うか迷うついでに土産を買い千二百円失う。適当に拉麺とアメリカンドッグも補給、千円也。別段美味くなかったが、買った土産は結構美味かったよ。喜多方ラーメンだったが、然し御当地じゃなかったことを悔いる。インターを出ると六時半、異様に時間の過ぎ方が早い気がした。
 七時半、道が単調で眠気を誘うので一息入れようと日本平に寄って車を出ると、見知らぬおっさんが此方に向かって怒鳴ってくる。すわ何事かと、身構え、我が高田派宝蔵院流十文字槍の腕前馳走してくれると闘気を発したが、元よりそんな腕前を持っている筈もなく独り相撲、更におっさん照れ笑い、曰くおっさんの独り言とか、怒鳴るほどの独り言など見たことなかっただけに眼福致したと低頭謝礼、おっさん余計照れたのか早足でその場を去り、独り取り残された儂は高田又兵衛とか宝蔵院胤栄の事を思い出す。日本平は来る途中に寄ったので見るべきものがないと先刻承知、珈琲を購入してすぐに出発、八時四十分、浜名湖インターで厠を使うもまたすぐ出発、調子づいて休む事なく暫く走り続けた。
 ガソリンをば補給せねばならなかったので十一時十五分に大津に立ち寄る。結構な距離を無休で走ったので給油の前に一息入れようと珈琲を購入せんと紙コップタイプの自販機に硬貨を投入、一分待ち完成したとの知らせを受けいざ珈琲を飲み干してくれんと取り出し口に手を伸ばすも失敗。
「なっ、なにィ!?」
 自販機から紙コップが出ない。奇妙な現象に思わずゴゴゴゴゴ、我が幽波紋を顕現せんは今かと身構えるが、具に見ると珈琲の入った紙コップの上に更に紙コップが重なっている。その高さが取り出し口を越えて物理的に取り出せぬではないか。ガッデム、ファッキン、ヘイボーイホールドアップ、などと喚き散らし地団駄を踏み怒る。嘘、喚き散らしていませんでした。
 儂は考えた。儂は禅僧ではないが今こそ僧侶の頓知が発揮される時、ポクポクポクポクチーン、新右衛門さん、上の紙コップを破壊してください、コップを破壊で御座るか、取り敢えずは上の紙コップを破壊し珈琲を入手、そのまま給油する為愛車をぐるりと移動させる。ガソリンの他、エンジンの調子が悪いので長らく入れていなかった水抜き剤をオーダー、占めて五千円と少し、苦い敗北の後に呑む珈琲は甘かった。砂糖とクリームが多いよ。
 その後も機嫌良く走り続け、十二時頃に豊中に到着、金一万九百円を支払い、そのまま阪神高速に乗り、午前一時頃に帰宅、疲れたが一応メールチェック、そう云えば随分前からやってませんでした。うっかり。返事書くのも億劫なので、体力のある時に纏めてと云う事で、夜、露、死、苦。

謝辞

 走行距離総計1236km、経費五万円、まぁこんなものと思うが、正直疲れましたな。今度行くときは一週間くらいかけて、道中色々な知り合いを訪ねながらにします。僧侶の知り合いにもその他の知人にも会った方が良かったよな。と云うわけで、友人知人の皆様も挨拶もせんで御免ね、愛天才及び愛参謀・モノ愛・愛覇羅、お疲れ様でした。

跋文*2

 この後も二度ばかり愛総会には出席したが、何れも愉しかった。また出来んかな。

aside

*1
2007/02/13.追記
*2
2007/02/13.追記

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