大法輪 第67巻(平成十二年)第11号

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私的評価:★★★★★☆☆ 5

続き

 皆さん御存知ないだろうが、『大法輪』は大法輪閣という出版社が発行する一応その道では最もよく知られた仏教総合雑誌である。そこそこの規模の書店であれば労なく購入出来る程度には配本している筈だ。儂は購読していないが、購読する坊さんは多いようだ。福昌堂の『武術』や『秘伝』のような感じ…といえば伝わるだろうか。新人物往来社の『歴史群像』程度には権威があるし、出版社もそれなりに自負している筈である。
 ある時、儂が親しくさせて貰うている高野山で伴に修行した仲間の人から電話があり、この『大法輪』で変な特輯をしているぞと教わってこれを購入、こういう変なことがあるから仏教は油断出来ない。「特集||<不動明王>事典」とあり、その中にはなんと以下の文が。転載すると問題あると思うのだが、バックナンバーも手に入らぬようであるし、これを歴史の闇に葬るのは惜しい故、一応載せておく。もし大法輪閣関係者様が御覧になり、拙いと仰有るようであれば削除致します故、その際はどうぞ仰有って下さい。

記事紹介

現代

 現代に至っても、不動明王に対する信仰が盛んなことは、成田山新勝寺の初詣客が全国有数な事実を見ても、よくわかる。またいささか意外だが、信仰心など微塵もないといわれがちな若者たちも、不動明王には特別な感情を抱いている可能性がある。それを信仰心といっては多分に語弊があるが、今日でも、不動明王は正義の力や霊的な力を象徴する存在と考えられていることはたしかだ。そこで、この項を終えるに際して、若者文化の中に潜在する不動明王信仰の話を、具体的な事例を引きつつ、させていただこう。
 八〇年代の中頃、『北斗の拳』(武論尊:画+原哲夫:原作)という劇画が、『少年ジャンプ』(集英社)に連載され、爆発的な人気を博した。フジテレビ系列でアニメ化されて放映もされたから、ご覧になった方があるだろう。物語は、核戦争によって荒廃した世界を舞台に、主人公のケンシロウが伝説の拳技「北斗神拳」をふるって、襲いかかる邪悪な敵を次々倒して行く、という内容で、連載やアニメが終了してかなりたつというのに、いまでも日本中に熱狂的なファンが数多くいる。

Pseudepigrapha200012200900-2.gif この『北斗の拳』に、興味深いキャラクターが登場する。その名も「山のフドウ」。設定は、こうである。かつては天与の力の正しい使い方を知らず、ただひたすら暴力によって、野獣の如く、奪い喰らうのみで、鬼のフドウと恐れられていたが、汚れなき女性ユリアと出会うことで、良心にめざめ、南斗五車星の一員として、風のヒューイ、炎のシュレン、海のリハク、雲のジュウザとともに、ユリアを守護する役割をになうことになる。同時に、身よりのない子どもたちを救い育て、ついには善のフドウと慕われるようになる。その子どもたちのために、ケンシロウの最大の敵、邪悪なるラオウと死闘を演じ、倒されるが、一度たりとも後退を知らず恐怖を覚えたことのなかったラオウに対し、唯一、後退させ恐怖を覚えさせた男として、記憶されることとなった……。
 「山のフドウ」のサイズをあげておこう。身長二二五センチ、体重二七〇キログラム、バスト二四〇センチ、ウエスト二〇〇センチ、ヒップ二三〇センチ、首まわり九〇センチ。『北斗の拳』にあらわれるキャラクターの中で、きわだって大きいだけでなく、ずんぐりむっくり、まさしく赤ん坊か幼児の体型を示している。
 こう見てくると、旧悪の部分はよけいだが、その他は、その名も、その性格も、その行動も、その体型も、すべて不動明王をモデルにした点は疑いない。強引に解釈すれば、「山のフドウ」は、五大明王のヴァリエーションたる南斗五車星を率い、大日如来にあたるユリアの「如来使」として、邪悪なる者たちに対峙するのである。この「山のフドウ」は、いま流行のフィギアとしても、この業界の老舗「海洋堂」で造型され販売されているから、関心のある方はご覧いただきたい。
 ひょっとしたら、若者達は、「山のフドウ」のフィギアの彼方に、空海以来の不動明王を幻視しているのかもしれない。繰り返しになるが、邪悪なるものを討ち滅ぼしうる万能の存在としての不動明王、さらには仏教の伝来以前から日本にあった「荒ぶる神」あるいは「荒御霊」なのかもしれない。

文:正木晃(白鳳女子短期大学助教授)

『北斗の拳』専門家として批評してみる

 「若者文化」という曖昧な用語に反し、その記述の細かさが先づ面白い。フジテレビ系列でアニメ化されていたことは、まぁあれだけ流行ったから、憶えがあれば調べる伝手は幾らでもあろうが、平成十二年当時フドウのスリーサイズは未だ『週刊少年ジャンプ特別編集 北斗の拳SPECIAL ALL ABOUT THE MAN』しか載ったことがなく、『週刊少年ジャンプ特別編集 北斗の拳SPECIAL ALL ABOUT THE MAN』は古本屋でも滅多に見掛けぬ稀少資料である。「武論尊:画+原哲夫:原作」「邪悪なるラオウ」なんて書いてしまう辺り、決して連載当時『週刊少年ジャンプ』を購読していた人とも思えず、文面から見ても餘り若くない為、どうして知り得たのやら。女子短大の助教授なので、まさか生徒が教えたとも考え憎い。
 また「旧悪の部分はよけい」と斥けてしまう辺りも面白い。恐ろしい鬼神が改心して子どもの守護者になる、というモティーフは世界中によくあって、仏教に限定するにしても、性の別はあるが訶梨帝母辺りも考えに含めた方がよさそうに思うが、この先生はどうしても不動明王の話にしたい為、強引に無視している。その上で「五大明王のヴァリエーションたる南斗五車星を率い、大日如来にあたるユリアの…」としてしまう。最初は「それを信仰心といっては多分に語弊があるが」と慎重だったのに、この行は頗る大胆だ。フドウは五車星を率いてはいないし、残念ながら他のヒューイ、シュレン、ジュウザ、リハクは降三世明王、大威徳明王、軍陀利明王、金剛夜叉明王にちっとも似ていないし、ユリアと大日如来なんて似ている要素が何もないが、えぇい、ままよ、と危うい領域に踏込んでいる。『大法輪』の性格とその文面から、真面目を装った冗談とも思えぬし、實に変なことになっている。
 そして最後に「ひょっとしたら、若者達は、「山のフドウ」のフィギアの彼方に、空海以来の不動明王を幻視しているのかもしれない」とくる。幾ら何でも攻めすぎだ。北斗フィギュア蒐集と云えば真先に『拳王長槍騎兵の砦』のザク様殿が頭に浮かぶが、まぁ仰有るだろうなぁ。「見えない、見ない」と。

後日談*1

 「空海以来の…」とあるが、平成十九年四月十八日高野山東京別院で執行われた「ラオウ昇天式」の時も思うた。本当に真言宗は得だ。こういう変なことを堂々と主張出来る餘裕があるから、本山は云わぬでも、誰かが勝手に云ってくれる。他に同じようなことがある宗門は臨済宗くらいしかないだろう。日蓮宗や浄土宗では無理、天台宗でも難しいと思う。得に『北斗の拳』は霞鉄心やリュウケンを見る限りは禅宗っぽいのだが、どうにも北斗神拳は真言密教とよく馴染むらしい。真言坊主の儂も、つい、こういうものに食いついてしまう。原御大と高野山がお互い利用しあえば世界遺産になった高野山を北斗の名所に出来るのだが、なんかもっと馬鹿なこと誰かしてくれないかしら。奥の院に拳王様の王墓を作るとか。

aside

*1
2007.05/07,追記

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