【公式】北斗の拳 vs 蒼天の拳 OFFICIAL GUIDE BOOK

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【公式】北斗の拳 vs 蒼天の拳 OFFICIAL GUIDE BOOK

目次
 「真救世主伝説北斗の拳 ラオウ伝 激闘の章」ガイド
 「真救世主伝説北斗の拳 ラオウ伝 激闘の章」原作見所紹介
 人物比較大全
 「北斗神拳」「南斗聖拳」拳法概説
 「蒼天の拳」イラスト ギャラリー
 「蒼天の拳」データファイル
 「北斗の拳」読み切り

私的評価:★☆☆☆☆☆☆ 1

続き

 『真救世主伝説北斗の拳 ラオウ伝 激闘の章』劇場公開を記念して発行されたらしく、どうもコンビニエンスストアにしか流通しなかったようだ。Amazon.comで調べても見当らず、書籍としても雑誌扱いだ。故に初版刷りでお終いの希少本、ということになるが、正直、拳王様御帰天ポスターと「『蒼天の拳』イラスト ギャラリー」以外に誉める処がなく、如何に我こそは北斗istと自認する者であろうと無理して入手する必要はない。内容が稚拙である故に多くの北斗istから嫌われており、斯く云う儂もこれは嫌いだ。【公式】の冠が尚更この本の評価を下げていると思う。

内容紹介

 『真救世主伝説北斗の拳 ラオウ伝 激闘の章』劇場公開記念書籍である為、先づ最初に「『真救世主伝説北斗の拳 ラオウ伝 激闘の章』ガイド」と「『真救世主伝説北斗の拳 ラオウ伝 激闘の章』原作見所紹介」がある。その内容は………まぁこんなものである。これと云って面白い要素はないが、『北斗の拳』を知らぬものが読むのであればこの程度の内容で構うまい。然し次の「人物比較大全」がちっとも面白くない。『北斗の拳』と『蒼天の拳』に登場する人物で、これは似ているんじゃないか、というキャラクタを比較しているのだが、これが『北斗の拳』『蒼天の拳』を読む助けになるとも思えぬし、些か強引に人物を結びつけている箇所もあって、紹介文にも目新しい要素がなく、読んでいて何も得るものがない。ただ退屈なだけである。また我ら北斗ist向けに作ったつもりだろうが、「『北斗神拳』『南斗聖拳』拳法概論」も酷い出来だ。これについては後で詳しく述べる。その後の「『蒼天の拳』イラスト ギャラリー」「『蒼天の拳』データファイル」は月並みなタイトル通りの企画で、イラストギャラリーは嬉しいが、これと云って面白い要素はない。そして最後にいつも通りと云うべきか読切版『北斗の拳』がついているが、どうしてこれを『北斗の拳II』にすることは出来なんだのか理解に苦しむ。最早読切版『北斗の拳』は色々な書籍に収録されて充分に行き渡った筈だ。ならば収録する意味は現状殆どあるまい。それに比べ『北斗の拳II』は『鉄のドンキホーテ』を購入する以外殆ど見掛けない。ならば『北斗の拳II』をこそ収録すべきだろう。

「拳法概論」の問題

 「『北斗神拳』『南斗聖拳』拳法概論」は酷い記事だ。餘りにも出来が悪い。
 先づ『北斗の拳』と『蒼天の拳』の歴史背景を冒頭で紹介してあるのだが、原作を五頁も読めば判るようなことしか書いておらず、とても『北斗の拳』『蒼天の拳』を読む助けになるとも、『北斗の拳』『蒼天の拳』をより深く愉しむ助けになるとも思えない。『北斗の拳』『蒼天の拳』の冒頭五頁をさらりと写しただけの空虚な内容で、『北斗の拳』は199X年のお話ですよ、『蒼天の拳』は1935年のお話ですよ、と二頁も費やして書いてあるに過ぎず、然もそれが北斗神拳と南斗聖拳の解説に全く結びついていない。いざ本題に入ると「北斗宗家とは、仏教徒の集団である。その発生の起源は定かでないが、中国への仏教伝来とともに発生したと考えればいいだろう。中国では古来、道教や儒教などの教えが盛んであり、仏教はマイナーな存在であった。」といきなり二千年前の話を始める。然もこの前提が先づ誤りである。「中国では古来、道教や儒教などの教えが盛んであり」と云うが、仏教が支那に伝来したと考えられる前漢哀帝の治世か後漢明帝の治世には、確かに儒教は盛んであったが、道教はまだ成立しておらず*1、もし必要なら「儒教や神仙道、鬼道の類が盛んであり」とするべきだが、實はこの行も本題にちっとも関わらぬので「中国への仏教伝来とともに発生したと考えればいいだろう。その頃の中国ではまだ仏教はマイナーな存在であった。」くらいでよかった。更に「宗教がその国の本流になるためには、どうしても権力者の庇護が必要である。それは、古代メソポタミアから続く一神教の流れの中で、ローマ帝国の国教としてキリスト教が取り上げられたことに象徴される、歴史的真実と言えるだろう。キリスト教はそれによって、現在の世界宗教へと発展したのである。」と続くも、これも変な記述で、「古代メソポタミアから続く一神教の流れの中で」が何を意味するのか解り憎い。古代メソポタミアは一神教ではないし、ユダヤ教のことを挙げるなら「古代メソポタミア」を挙げる意味もなく、寧ろ事実と逆のことを書いているように読めてしまう。然も折角「古代メソポタミア」とあるから西斗月拳の話でもするのかと思うたら、西斗月拳のことは少し触れるだけに留り、この後べつに古代メソポタミアのこともキリスト教の話も出てこないので、この行にも意味がない。また「仏教徒も、その歴史的真実を認識していた。そのため、中国各地にちらばっている仏教徒が、ある周期を以て一堂に会し、天下の英雄について協議する場が設けられていた。その一堂に会する場所こそが「白馬寺」であり、ここが北斗宗家の本部である。」と続くが、「仏教徒が一堂に会する場所」が「白馬寺」であり、その「白馬寺」が「北斗宗家の本部」であるなら、「白馬寺に集まる仏教徒」と「白馬寺を本部とする北斗宗家」は同じ、つまり「仏教徒とは北斗宗家である」ことになり、北斗宗家は仏教徒全体を代表する組織である、ということになるが、すると仏教には不殺戒がある。北斗宗家が一派閥に留るなら、北斗宗家が「最強の暗殺拳」を創始しても、北斗宗家が異端であるとか、北斗宗家が仏法興隆の暗部を背負うているとか、幾らでも言訳は立つが、仏教全体を代表しているとなると、支那仏教の興隆は暗殺の成果と云うことになり、支那仏教、延いては日本仏教をも本来の仏法から遠ざけ、否定することになる。これは酷い。歴史を愛するものとして、こういうやり方は如何なものかと思う。
 その後「宗家の拳」について云々、とケンシロウ対カイオウの際に説かれた「完璧な受け身」について一くさりあり、無力化したとはいえ有用であった「宗家の拳」が広範に受容され、あらゆる拳法のベースになった、南斗聖拳の源流も「宗家の拳」である、という説が述べられ、この辺りは別段異論もないが、南斗聖拳の源流が宗家の拳であると書くなら、何故元斗皇拳のことも書かぬのか。ファルコが修羅の国について「そこには/われらが北斗/元斗南斗の/源流ともなった/四千年の歴史をもつ/拳法があるときく!!」(JC:18:172)というているではないか。それが宗家の拳ではないのか。巧く「四千年の歴史をもつ」を処理出来ぬから敢て無視したのか。
 続くシュケンの記述については『北斗の拳』『蒼天の拳』で描かれた通りのことをそのまま写してあるので問題ないが、三家拳分派については「この三国時代においては、劉家から北斗神拳の伝承者が生まれた。それ以降、劉家が正当な北斗神拳を伝承することになる。」とある。これは恐らくウイグルがケンシロウの北斗神拳を「劉家北斗神拳」と呼んだことに因むのであろう。ウイグルの些細な台詞を織り込んだ辺りは見事である。ただ「劉家に跡継ぎが無かった場合には、他の二家の中から伝承者を出すという仕組みが、自然とできあがったのである。」というのは如何なものか。つまり曹家拳と孫家拳にも継承権があることになるが、芒狂雲の回想を読むとどうもそうとは思えない。またそんな重要な役目があるなら、幾ら見込があるとはいえ、血縁がない張太炎を章大厳が後継者に選ぶだろうか。継承権は霞家と劉家にしかないのではないか。
 その次に「ある時代に、劉家より出た北斗神拳の伝承者は、とある英雄とともに日本に渡る。」と続くが、この「とある英雄」は拳王様御葬儀「ラオウ昇魂式」の際に弘法大師空海であると明らかにされていた。本書が発売された時点で既に隠す必要などなかった筈だが、これはどういうことだろう。また「これは北斗の正当である劉家が、日本に移動してしまったことを意味し、実際に北斗神拳の正当な流れはそのまま日本で伝承されることになった。しかし中国においても劉家の残された人々により、劉家拳が伝承されていった。これが後に「北斗琉拳」と呼ばれる拳法に発展していくのである。」というのは変だ。『蒼天の拳』に「北斗劉家拳/別名を/北斗琉拳と呼んだ」(BC:13:066)とあるではないか。「発展し」たのなら「別名」ではないだろう。だいたいジュウケイの幼時に劉家拳だったものがジュウケイの老後に琉拳になるとも思えぬ。もしそうならジュウケイが琉拳を創始したことになろう。だが「そこまでだ/ジュウケイ!!」「きさまも/しっていよう/北斗神拳は他流との/交わりを禁じられて/いることを!!」「ましてや/魔道の/北斗琉拳など/もってのほか/ひかえい!!」(JC:21:055)という台詞から、ジュウケイ以前より北斗琉拳が魔道であったと判る。ジュウケイ創始とは思えない。尋常に考えれば、別に伝えられた為に多少は変質もしただろうが、劉家拳はずっと劉家拳で、琉拳に発展したわけではなかろう。

 北斗神拳の記述だけでこれだけ問題があるのだから、さて南斗聖拳はどれくらい、と思うて見てみると、先づ北斗神拳に比べ分量が少なすぎることが問題である。北斗神拳五頁に対して南斗聖拳は僅か一頁、然も図版が一つもない。その上北斗神拳五頁に負けず劣らず問題がある。はっきりいってこれを書いた奴は馬鹿だ。
 抑も南斗聖拳については意外と『北斗の拳』に記述がないため云うたもの勝ちである。本書では『北斗の拳 ユリア外伝 慈母の星』を基礎資料にしており、現状これしか資料にはなり得ぬのだが、何でも「南斗の郷」はパトロンのようなもので、「南斗の郷」が「北斗に益をもたらす拳法である」と認めると、どんな拳法でも「南斗」を名乗ることが出来るのだそうだ。
 そんな馬鹿な。ならばどうしてケンシロウは「南斗聖拳に/脚が!!」(JC:10:081)などと驚くのだ。「北斗に益をもたらす拳法である」限りどんな拳法でも名乗れるのであれば、脚だろうが頭だろうが尻だろうが南斗を名乗るだろう。そんな拳法に脚があって驚く馬鹿が何処にいる。そして何よりも何よりも、これでは南斗聖拳が北斗神拳の奴隷ではないか。それがどうして「表裏一体」「互角」などと名乗れるのだ。どうしてリュウケンが南北相争うことを怖れるのか。まるで理窟が通らない。その上一時は千派を越えた南斗聖拳が核戦争で百八派に減っただなんて書く。馬鹿云っちゃいけない。一人一流を名乗るなら別だが、支那中全ての武術流派を集めても千に届くかどうかすら怪しいのに、南斗聖拳だけで千を越えるとなると、核戦争前はどれだけ拳法家だらけなのか。この上にまだ泰山流とか華山流とか白爪妙拳とか首長盗刃術とか十字拳ヌンチャクとか西嶽派銀槍とかあるとなると、世界人口の何割程が拳法家か。また核戦争後の世界でいったい誰と誰がどうやって連絡を取り合い「百八派が生残りました」なんて報告するのか、それがどうして皆に伝わるのか、その後にまた一派発見されたら百九派になるのか、それを一々皆に報せるのか。現存している流派が数えた結果百八あるというのなら、普通の人は、未確認ながら百三十百四十生残っている可能性を慮って「およそ百派」と数えるだろう。それにどうして千派あった流派が百八派に減りながら、六聖拳だけは全員無事なのか。
 多分、核戦争後の世界が拳法家と巨漢ばかりになったのは、残り少ない食料やガソリンを巡って人々が争うた結果、拳法家と巨漢どもが多く勝ち残ったからだ。それが恐らくは人類激減の主要因である。勿論核の炎で焼かれて死んだ者もあろうが、核戦争前に当時の政府はきちんと核シェルターをある程度用意していた。でなければ「こっちだ」とケンシロウとユリアを誘導したトキの行為を説明出来ない。日頃きちんと避難訓練があり、何処に核シェルターがあるかトキがきちんと知っていたから、ケンシロウとユリアは無事避難出来たのだ。その核シェルターにある程度の人数避難出来たなら、核戦争での死者はそれ程多くはなかったに違いない。だから六聖拳も全員生残ることが出来たのだと考えられる。ならば百八派もそのようにして生残ったと考えるのが筋だ。千派あれば千派…とはいかずとも七百八百は生残れた筈である。その七百八百が敵と戦うて、百八派に減るとは、どれだけ南斗聖拳は弱いのか。ならば千派はあり得まい。百八派ははじめから百八派で、核戦争後も百八派なのだ。また百八という数字の神秘性を偶然で済ませてしもうては面白くない。これは漫画の設定なのだ。具わった神秘性を確たる理由もなく除く意味がない。
 更に南斗六聖拳が「六」なのはたまたま優れた流派が六つだったから、といいよるが、待て待て、六聖拳が南斗六星を擬えていないなんてことがありえるだろうか。宗家の拳から同系の絶技を継承し、其処から六派の優れた武術が出来たから、南斗六聖拳に擬えて南斗聖拳を名乗ったとでもすればよいものを、どうしてこのライターは、こう、偶然とか、自然になったとかいいよるのか。このライターは馬鹿なのか、それとも途中で面倒になったのか。
 最後に附く「南斗最後の将」については、論うまでもない。『真救世主伝説北斗の拳 ユリア伝』で描かれたユリアの特徴を暈して書いただけである。これが『真救世主伝説北斗の拳 ラオウ伝 激闘の章』を愉しむ助けになるとはとても思えない。『真救世主伝説北斗の拳 ユリア伝』じたい謎解きや秘密を愉しむものではないので、ユリアの動向さえ伏せておれば充分ではないか。こんな隠し方をして『北斗の拳』にいったい何の益があろう。
 コラムとして附された「南斗を名乗らないその他の拳法」も、名を列挙するだけで、然も全てを挙げているわけでなく、「羅漢仁王拳」や「崇山通臂拳」など実在の拳法と絡めて語ることが出来そうな拳法をあっさり流し、ちっとも面白くない。このことから多分このライターは武術について全く何も知らない、抑も「拳法概論」なんてものを書く能力がない人だと判る。序でに支那史についても書く能力がないらしい。ということは、『北斗の拳』『蒼天の拳』について書く能力が全くないわけだ。こんな奴が書いた本、面白いわけがない。『北斗の拳 蒼天の拳 研究序説』*2以来の駄本である。だいたいこの本、ずっと「正統」のことを「正当」と書いてるしなぁ。

aside

*1
 当時はまだ原始的な先祖崇拝と神仙思想があるだけで、宗教としてまとまったのは後漢末の「太平道」「五斗米道」以降のこと、然も仏教の僧侶組織に影響を受けてのことで、仏教に対抗出来るだけの理論と組織を具えるのは隋唐以降のことである。それまで道教が仏教より優位であったことはない。
*2

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