三十一篇全比較 24.ジュウケイ無残篇 178-187話(全10話)

メモ*1 メモ*2

 これはジュウケイが悪い。ジュウケイは秘拳なくばケンシロウがカイオウに勝つことはないと考えていた。まぁ、羅聖殿の戦いと母者の墓所での戦いを見る限り、流石にケンシロウは天才である。秘拳なしでもカイオウに勝てたように思われるが、然しジュウケイも一廉の武術家である。自らの知識に基づいてそう考えたのだから仕方がない。だが、であるならば、どうして言伝を頼んだレイアとタオにそれを教えなかったのか。そのことも伝えておれば、レイアからそれを聞いたシャチがよきよう計ろうた筈である。喩えリンを奪われたからとはいえ、ケンシロウをカイオウの許へ連れて行くことはなかった。ケンシロウを絶体絶命の危機に陥らせることはなかった。
 レイアは可愛い女だと思う。ジュウケイに頼まれた言伝だけをシャチに伝え、リンが攫われたと慌ててシャチに伝え、ケンシロウがカイオウの許に向ったとジュウケイに伝えた。己の思慮らしいことは何もないが、懸命に己が出来ることをしている。まさかジュウケイが馬鹿だなんて露程にも考えていない。ジュウケイを信じ切っている。
 そう、ジュウケイは馬鹿なのだ。今際に「ゆ…許せ…/この/大馬鹿者を!!」(JC:21:125)といって事切れたが、その通りである。ジュウケイは大馬鹿だ。多分ケンシロウは秘拳がなくてもカイオウを倒せたであろうし、その秘拳の正体も実戦での力を失うた死んだ拳に過ぎず、その在処を知るヒョウの記憶を封じてしまうし、北斗琉拳を仕込んだ弟子は悉く悪者に成下がっている。ジュウケイの一挙手一投足の全てが事態を悪化させ、ケンシロウに………引いては天下に迷惑を掛けた。こんな愚か者が要らぬ細工をするから、カイオウ如き小悪党に付け入られるのだ。全く、リハクはまだ庇いようがあるが、ジュウケイばかりはどうにも庇いようがない。
 抑も修羅の国にはカイオウ以外賢い奴がいない。カイオウにしても大したことはないのだが、それでも流石に拳王様の兄上だ。並より下ではない。それに比べると、ヒョウにしても、シャチにしても、愚かである。ジュウケイはその代表に過ぎない。
 だが、ヒョウは馬鹿だが善良であるし、シャチは迂闊だが若々しく、レイアも世間知らずだが健気で可愛らしい。ジュウケイにしたって、その愚かさが突抜けて滑稽に転じ、その様が憐れげで嫌いにはなれない。寧ろ愛嬌がある。故に儂は却って修羅の国の愚か者たちに心惹かれるのであるが、よくよく考えてみると、その愚かしさ、滑稽さ、可愛げ、哀しさといったものは、拳王様御帰天以前には、シンや大佐、ジャッカル、ジャギ、アミバ、ウイグル獄長、ラオウ様、サウザーなどの敵役のものだった。それに比べると、拳王様御帰天以後の敵役はジャコウを最後に餘り愚かでもなく可愛くもない。ハン、カイオウは勿論、コウケツ、バラン、ボルゲにしても、愚かとは云い難く、ボルゲ以外は決して可愛らしくはない。特にバランは気色悪いくらいで、シエやギョウコなどの雑魚どもも単なる異形に過ぎず、馬鹿、愚かとは云えなかった。
 その替り、拳王様御帰天以後は援助者がどいつもこいつも馬鹿で滑稽だ。ファルコ、シャチ、レイア、ジュウケイ、黒夜叉、ヒョウ、バルガ、アサム、バット……何れも良かれと思うてやったことが全て裏目裏目に出る。拳王様御帰天以前の援助者、レイ、マミヤ、シュウ、フドウなどと比べてみるとよく解る。レイやマミヤ、シュウなどは例え目論見が外れてもケンシロウに迷惑を掛けなかった。寧ろケンシロウを助けることが多かった。
 『北斗の拳』は週刊連載作品故、餘り急激に質が変るということはないが、それでも拳王様御帰天を境に明らかに変質している。その極端な例のひとつが敵と味方の知能である。拳王様御帰天を境に愚かな敵役が利口に、善き援助者が邪魔者になっている。どうやら『北斗の拳』世界では敵と味方の知能が反比例するらしい。何故だろう。多分、ケンシロウが余人の助けなど必要ないくらい強くなっているからだと思うが…。

続き

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  • 序:昔のシャチに……
  • 破:カイオウの魔闘気
  • 急:ケンシロウの意地

 前篇までの「シャチを如何にするか」という課題はケンシロウとハンの餘りの凄まじき闘いに引いてしまったシャチが身の丈に合わぬ野望を自ら棄てる形で決着し、シャチとレイアは焦がれに焦がれた再会を果す。ジュウケイの「すでに/シャチは昔の/シャチに戻って/いよう」(JC:21:008)という発言は、一見無根拠のようだが、實はあからさまにシャチ程度がケンシロウとハンの闘いなんか見たら間違いなく引いちゃうよ、という認識に裏付けられた予見で、ジュウケイがシャチをどのように見ていたかが解る。だからシャチに闘いを仕込んだ張本人のジュウケイが、ジュウケイにシャチを奪われたレイアに様付けで呼ばれ頼られる程慕われている。多分中途半端な武藝で神を凌駕するとか云いだしたシャチに責任を感じたジュウケイが、レイアとタオの許を訪ね素直に謝罪したのではなかろうか。でないとジュウケイはレイアに怨まれているべきである。あのような関係にはなれまい。つまりシャチが不出来な弟子であるが故にジュウケイはレイアと仲良く出来ている。素直に謝ったであろうジュウケイは偉いし、それを許すレイアもなかなかの度量だ。二人とも賢くはないが人品は優れている。
 シャチの課題の解決によって修羅の国にまつわる物語は前後に断絶している。これまでは特異な制度の下に生きるシャチとレイアの物語であったが、これより後は北斗琉拳の…北斗宗家の因縁にまつわる物語だ。カイオウとヒョウはそれを端的に示すキャラクタで、特殊な制度の象徴として描かれたハンとは違い、カイオウは貴種に烈しい怨念を抱く奴隷として、ヒョウは人の悪意に頓着がないおっとりした貴種として対称的に描かれている。この対比があることで、ケンシロウは単なる放浪者から放浪する御曹司となり、それに伴い股旅物だった『北斗の拳』の物語が貴種流離譚に変質、「虐げられる奴隷=賤」であるカイオウと「眩いばかりの貴種=貴」であるヒョウを「放浪者=賤」であり「御曹司=貴」であるケンシロウが仲介する、という物語構造に整理された。その所為か、この後描かれるケンシロウとヒョウの説話は日本神話の山幸彦と海幸彦の説話に似ている*3。但しこれは狙ったわけではなく、同じ要素が揃った結果似ただけだろう。この手の話が嫌いであると、ある種の嗜好の人には「新伝説創造篇」以降を面白く感じられないかも知れない。

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  • 起:ボロの蜂起→不帰の谷のシエ→実兄ヒョウ
  • 承:北斗琉拳の怨念→ジュウケイの狙い→北斗琉拳の業
  • 転:北斗宗家の秘拳→ケンシロウ絶体絶命→カイオウ絶好調
  • 結:絶望的危機→駆けつけた赤鯱→闘神の闘気

 本篇は實に説明的だ。要はカイオウを倒す為には宗家の秘拳が必要だが、その秘拳の在処を知るヒョウは記憶を失うており、記憶を復元する破孔はカイオウが細工を施して解除出来ないようになっている、さてケンシロウは如何にすべきか、というお話で、この秘拳がないとカイオウを倒せない、という辺りがCRPG的*4、まるで『DRAGON QUEST III』のゾーマのような設定だ。「ひかりのたま」がないと倒せない!*5 本篇の起承転結をまとめた上記の結果を見てもCRPGのNPCメッセージを読んでいるようで、この辺り流石「魔王」という感じがする。
 本篇が特異なのは、カイオウを倒す術が読者にだけでも予め開示されていることだ。曾てケンシロウは四度戦いに敗れ、その内シュウとの戦いは幼年期のことであるから数えないにしても、シンの時、ラオウ様の時、サウザーの時、それぞれ敗因は挙げられたが、再戦に際し、予め攻略法が開示されたことはなかった。更にケンシロウはユリアを奪われたことで"自然"にシンを上回る「執念」を獲得し、トキとマミヤの危機に臨んで"偶然"にラオウ様の非情を凌ぎ得る「有情」を発見し、身を死の危機に曝しながら"運良く"サウザーの「肉体の謎」を解くことが出来、それぞれ再戦の勝ちを拾うている。つまり何れも"自然""偶然""運"に基づく勝利で、再戦に際しケンシロウは無為無策、全くのノープランだった。この理窟がない辺りが妙に現実的で、その現実感が『北斗の拳』の魅力のひとつなのだが、理窟がない為に『北斗の拳』をCRPG化し憎くもしており、故に『北斗の拳』をCRPG化した『新世紀創造 凄拳列伝 北斗の拳3』は不出来であった。シンを倒す為には…ラオウ様を倒す為には…サウザーを倒す為には…という筋道が描かれなかった為、ゲーム化すると串団子式に戦闘を並べるしかなく、故にちっとも面白くならなかったわけだ。
 処がカイオウには攻略法がある。ヒョウの復元破孔をカイオウが予め細工していたことで最も容易い術は断たれたが、それでもヒョウが知る秘拳の在処が判れば…という道が残されていた。全篇読んでもこの秘拳が琉拳を無効化するのか何なのかイマイチ判らず、二戦目は別に秘拳なんかなくてもケンシロウが餘裕で勝てたように見えたが、それは兎も角、シン、ラオウ様、サウザーと違い、カイオウに攻略法があったことは間違いない。だからカイオウ戦だけは『新世紀創造 凄拳列伝 北斗の拳3』の中で妙にゲーム的で(程度問題だが)そこそこ愉しかった。その替り攻略法があった為にカイオウとケンシロウの関係はラオウ様との関係に比べ小さく纏まってしもうている。カイオウがラオウ様の"劣化コピー"と呼ばれる由縁である*6。お話としては悪くないのだが、カイオウの気宇の小ささがチマチマして見えた。
 然もカイオウはシン、ラオウ様、サウザーなどと違い、戦術でどうにか足止め出来てしまう。これもチマチマして見えた。シンとサウザーは解らぬが、ラオウ様はリハクが如何に策を講じようが全く通用しない。海の兵団が斧で斬りつけても刃の方が割れてしまう、ブービートラップを仕掛けてもあっさり破られてしまう、という工合である。処がカイオウといえば、硫酸をかけられたくらいで水中に逃げねばならぬ爲體、燃えさかる炎でも焼くことが叶わぬ無敵無類の肉体を誇る拳王様の兄者とは思えぬ脆弱さ、ケンシロウを詰る言葉はそのままカイオウにも当て嵌まる。なんという脆さか、リハクの罠で充分足止め出来る貧弱さだ。
 本篇を読み解いて思う。カイオウは實に理屈っぽい。秘拳でなくては倒せぬ、つまり秘拳があれば倒せる、というのが理窟であれば、水は砕けぬ、だから硫酸が通じる、というのも理窟だ。秘拳の内容も「極められた/拳ゆえに受け身の/技も極められ/実戦での戦闘力を/なくしていた」(JC:24:040)と實に理屈っぽく、無想転生のような理不尽なものではなく、拳盗捨断にてカイオウの拳を破壊したケンシロウが垂れた「実戦においては/打ちだされる拳に/こそスキがある!!」「拳技互角/ならば」「わが拳は/敵の拳/そのものを/破壊するが/奥義!!」(JC:24:044)という講釈も議論の余地なき理窟である。「冷たい/石の中に眠る/ことはない!!」「こ…ここなら/冬でも暖かい………」「ここなら/こごえる/こともない!!」(JC:23:099)と熱泥湧く地に母者を弔うた考えも理窟なら、「このオレの心が/悪に染まり/きれば/母の死にも/心は痛まぬ」(JC:23:100)と愛犬を殺す考えも理屈っぽく、その心の痛みを消そうと自傷行為に至ることもある意味理屈っぽい*7。ヒョウの復元破孔に細工し、サヤカを殺してヒョウを魔界に導く、また北斗宗家の血に期待してヒョウとケンシロウの共倒れを狙う、なんて策謀を企てる辺りも理屈っぽかった。
 カイオウは多分、理窟で出来た人なのだ。だから無想転生を破り得た。無想転生は幾ら説明をして貰うてもちっとも理解出来ない理不尽な奥義である。つまり理窟が通らぬ奥義である。故に理窟で出来たカイオウには通じない。理窟で出来たカイオウを倒すには相応の理窟が要る。ラオウ様は理窟が通る技では倒せぬ理不尽の化身であらせられたが、カイオウは理窟が通らぬ技では倒せぬ理窟の権化だったのだ。きっとジュウケイが理不尽な育て方をした所為だと思う。ジュウケイの馬鹿。

aside

*1
2007,06/19.修正
*2
2007,06/26.修正
*3
 昔冗談でこれを主題に書いたテキストがある。まさか今になって再利用出来るとは。
*4
 コンピュータ・ロール・プレイング・ゲームの略。テーブルトークRPG(TRPG)と区別する為の用語だが、事実上TRPGが滅びた現在、RPGと云えばCRPGのことを云う。
*5
 實はなくても倒せるが、酷く難しいので、事実上ないと倒せない。
*6
 誰が言出したかは憶えていないが、確か1999年頃からこういう評価があった気がする。但し何度も云うが、カイオウは餘りラオウ様に似ていない。それよりはサウザーとジャギに似ている。
*7
 虐待、劣等感、完璧主義などが原因で自らの体を傷つけるが、自殺行為とは分けられる精神障害の症状。確かにカイオウはジュウケイに虐待を受け、北斗宗家に劣等感を抱き、有り余る才能を具えていたが故に完璧主義的な性格を具え、それを常々傷つけられていた。

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