『北斗の拳』に於ける「モヒカン」の位置付け

 『週刊少年ジャンプ特別編集 北斗の拳SPECIAL ALL ABOUT THE MAN』にはこんな記述がある。

Q.世紀末にはなぜモヒカン刈りの人が多いのですか?

A.暴力が正義という社会では、すべてが、より暴力的に演出されます。髪型ですら、より凶悪なデザインにすることで相手を威圧する効果を狙っているわけです。モヒカン刈りなどは、まだ常識的なヘアースタイルといっても、過言ではありません。

 『北斗の拳』と云えばモヒカン、モヒカンザコである。何もモヒカン刈りの悪党だけをモヒカンと呼ぶのではない。モヒカンに象徴される悪党の獣性、暴力性をモヒカンと呼んでいる。『北斗の拳』に於けるモヒカンとは一皮剥いた人類の獣性、暴力性のアイコンなのだ。

続き

 「モヒカン刈り」の称はアメリカ原住民のマヒカン族(Mohican)に因み、同じくアメリカ原住民のモホーク族(Mohawk)に因む「モホーク刈り」という称もあるが、日本に於いてはイギリスのパンクファッションから輸入した風俗であり、マヒカン族ともモホーク族とも餘り関係はない。
 『北斗の拳』のモヒカン刈りは映画『MADMAX』シリーズの野盗どもを蹈襲したものであるが、日本でモヒカン刈りのイメージを固定させたのは、矢張り『北斗の拳』である。『北斗の拳』がアニメ化されて以来、様々なメディア、特にカナメプロの制作アニメで『北斗の拳』のイメージのモヒカンどもが多く描かれた。

 然し、だ。

 ただ「モヒカン」と呼ぶにしても、『北斗の拳』のモヒカンは決して一様ではない。何せ長篇である。物語の進行に従い各篇各篇でモヒカンの描かれ方は明確に変化している。
 変遷の分岐点は幾つもあるが、およそウイグル獄長以前以後で分けるのが適切かと思われる。ウイグル獄長以前はシンにしろ大佐にしろジャッカルにしろ牙大王にしろジャギにしろアミバにしろ、所詮はモヒカンどものボスに過ぎなかった。野盗のボスでしかなかった。だがウイグル獄長は天下に覇を唱える拳王軍という組織の、いうなれば中間管理職であった。名越康文が指摘した通りウイグル獄長は『北斗の拳』で初めての明確な目的を持った組織の中間管理職人なのだ。このウイグル獄長を以て『北斗の拳』の物語は「ケンシロウと悪党どもの戦い」から「ケンシロウと強敵の戦い」に変った。それに従いケンシロウの敵であった悪投ども=モヒカンは強敵に従えられる「兵士」になった。
 それでもマミヤの村を襲った拳王侵攻隊、メディスンシティの狗法眼ガルフまでは、まだ単なる暴徒の名残りを残している。モヒカンであるが故にリンをいたぶり、拳王様がケンシロウと相撃ったと見るや散り散りに逃げ出し、マミヤをいたぶった。
 そんなモヒカンがリュウガによる粛清を経て、いよいよ「兵士」にされてしまう。リュウガによる粛清以後、拳王軍は明確に上層の「ザク様たち」と下層の「モヒカンども」に分けられ、モヒカンは暴徒から有象無象の兵士と化す。

拳王正規軍?

 武論尊御大、若しくは原哲夫御大、堀江信彦御大が「ザク様たち」と「モヒカンども」を区別するようになった切っ掛けは、恐らく「聖帝正規軍」である。
 南斗聖拳の門人であったリゾの存在が証すように聖帝軍は南斗聖拳の軍団である。但しその全員が南斗聖拳の門人ということはあり得ない。武将は南斗聖拳の伝承者かも知れないが、兵士の多くは元モヒカンである。どうやら労働力になる子供を何人か攫って差出せば正規軍に入ることが出来たようだ。
 正規軍があるということは、当然非正規軍もあるに違いない。聖帝軍には正規軍が従える非正規軍があったのだろう。古代ローマのレギオー*1とアウクシリア*2のような関係であろうか。
 聖帝軍に正規軍と非正規軍の区別があったであろうことが描写されて以後、拳王軍にも正規軍と非正規軍の区別らしきものが現れる。
 その区別は各所の描写で散見されるが、明らかに顕在化するのは朱の軍団に襲われた時だ。先づ火矢を射掛けられるや、狼狽え逃げ惑うモヒカンどもとは別に拳王様の周囲で楯を構え火矢を防ぐ凛々しい髭ダンディたちが描かれた。その髭ダンディのひとりが「うろたえるな/たわけども!!」「うぬらは/この拳王の部下/なるぞ!!」と拳王様が御一喝下さったにも拘らず落着かぬモヒカンの口を後から塞ぎ首にナイフを突き立てて「拳王様の/声がきこえぬか」と云いながら火矢に撃たれている。続いて別の髭ダンディが「でてこい!/逃げはせぬ/姿を/あらわせ〜!!」と吠えた。これら凛々しい髭ダンディは明らかに散り散りに逃げ去った拳王侵攻隊のモヒカンども、メディスンシティで悪逆の限りを尽くしたモヒカンどもとは違う。この髭ダンディたちこそ拳王軍の正規兵である。

 この拳王軍の正規兵を儂は「ザク様たち」と称しているが、このザク様たちの登場によってモヒカンどもはザク様たちに従えられる有象無象の雑兵どもになった。これまで幹部として扱われたスペードやクラブのようなモヒカンも、拳王軍にあっては「ザク様たち」に統制される存在である。
 精鋭である拳王長槍騎兵がザク様たちに類する姿で描かれたことからも明らかなように、ザク様たちは拳王軍の精鋭である。モヒカンどもとは隔絶した存在だ。そこに明確な区別がある。
 だが、このザク様たちの出自がどうも審らかではない。ザク様たちが描かれるようになって以後でも、仮令ば拳王先遣隊、ヒルカの部下たちはモヒカンであった。ザク様たちではなかった。ザク様たちは拳王様の周囲にしか居ないのだ。
 『北斗の拳究極解説書 世紀末覇王列伝』の記述に基づくならば、ザク様たちは拳王近衛師団に所属する者であるから、拳王様に近侍するのは当然である。作戦毎に近衛師団の中から指揮官を抜擢しモヒカンどもを分け与える、という方式で軍団運営をしているのかも知れない。
 然しそれよりも軍旗を立てて楯を構え行軍する姿を見ると、作中の設定に想いを馳せるよりも、寧ろ原哲夫御大が何をイメージして拳王軍を描いていたのか、ということの方が気になる。もしかすると拳王軍はファランクスなのではあるまいか?

ザク様たちはファランクスか?

 ファランクスとは古代の東地中海地方でよく用いられた戦術で、大楯を構えた重装歩兵による密集陣形を謂う。その無類の突撃力は正面戦闘で威力を発揮され、マケドニア王アレクサンドロス三世はファランクスと騎兵部隊と併用して歴史的大戦果を挙げた。ザク様たちの多くは歩兵であり、バイクに跨らない限りは大楯を持っている。大楯を構えて行軍する姿はファランクスを彷彿とさせる。
 古代ギリシアの兵装で一番に目が行くのは、恐らく鶏冠のような房飾りであろう。所謂「モヒカン」である。時代によってコリント式、アッテカ式、カリキディケ式と呼ばれる形状があるが、その多くがモヒカン状の房飾りをつけている。アレクサンドロス三世の父ピリッポス二世が支配する以前にはギリシアの片田舎でしかなかったマケドニアではコリント式ではなくイリリア式、トラキア式と呼ばれる兜が使われていたが、こちらもモヒカン状の突起がつけられていた。
 つまりファランクスとはモヒカン兵である。

 ザク様たちの兜は形状こそまちまちであるものの、およそ頭頂が丸く、頬宛が迫り出し、真一文字に覗き穴が開けられたMS-06っぽい形状の兜であり、モヒカン状の突起はない。だが、そのMS-06っぽいザク様たちが、モヒカンどもを従えている。これは単に分けて描かれているに過ぎず、ザク様たちとモヒカンどもは同じ「拳王軍」として混同しても良いのではあるまいか? ファランクスの兵装が、ザク様たちとモヒカンどもに分けて描かれていたとは見なせぬであろうか?

 何故このようなことを考えるのか。それは修羅との対比である。以前この記事で述べたように、儂は修羅とスパルタ兵を結びつけている。カイオウ陸戦隊三百人はレオニダス王が率いてテルモピュライで戦った三百人のスパルタ兵である。このように見なす目を拳王軍に振り向けると、その目には拳王軍がマケドニア軍のように見えるのである。
 勿論異論は想像出来る。何より劇場版『北斗の拳』で描かれた拳王軍の黒い不死身の兵は、映画『300』のペルシア兵のようであった。拳王軍は寧ろクセルクセス率いるペルシア軍と重ねるべきではないか?
 然しそれは後知恵である。映画『300』は『北斗の拳』連載終了から遥か後に制作された映画である。『北斗の拳』が『300』に影響されたわけはない。寧ろ『300』の方が劇場版『北斗の拳』に影響された可能性さえある。考慮に値しないだろう。儂が問題にするのは、武論尊御大、原哲夫御大、堀江信彦御大が何をイメージして拳王軍を描いたか、その中でモヒカンはどのように位置づけられるのか、だ。

 儂は『北斗の拳』作中で、最初期には単なる暴力の象徴としての『MADMAX』を蹈襲したモヒカンどもが、ザク様たちの登場を経て古代ギリシアのファランクスの、コリント式、或いはアッテカ式、カルキディケ式、若しくはイリリア式、トラキア式兜の鶏冠飾りになったのではないか、と考えるのである。

aside

*1
 ローマ陸軍の編成単位で、ローマ市民権を持つ者だけで編成されていた。普通に「ローマ軍団」といえばレギオーを指す。
*2
 ローマ支配下のローマ市民権を持たない者、戦地周辺で徴集された志願兵、或いは同盟国、同盟部族からなる軍団で、「支援軍」「翼軍」などと訳される。基本的には金銭で雇われたが、兵役と引き替えにローマ市民権を得ることも出来た。

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