俳優の北斗学さんとは関係ないわ!

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北斗学
- Hokutorogy -

 『北斗の拳』のテキスト論的解読を行っています。


三十一篇全比較 20.金色のファルコ篇 145-159話(全15話)

 實はこの篇は「ハーン兄弟篇」と「ジャコウ総督篇」に分けられないでもなかったが、そうすると「新伝説創造篇」が三話、「賞金稼ぎアイン篇」が五話で、これに「ハーン兄弟篇」四話となると餘りに小分けになるので、ソリアの死が尻切れになることもあり、煩雑を避けて分けなかった。また第百六十話「永遠なる父の魂!!の巻」を含むべきであったかも知れないが、これもリンがジャスクに攫われる行があり、それがファルコとケンシロウに「死の海」を渡らせる為、次篇に含んだ。この辺りの分割には随分迷うたので、今こうして分析の準備を調える段階に至っても、まだ迷うている。

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三十一篇全比較 19.賞金稼ぎアイン篇 140-144話(全05話)

 アインは登場期間こそそう短くはないが、戦力としては中途半端で、誰と闘って活躍したわけでもない、云ってみればその他大勢になりかねないキャラクタである。にもかかわらず読者に鮮烈な印象を残す見事な快男児であった。『北斗の拳』の他のどの強敵にも劣らぬ素晴しい男であった。
 ラオウ様御帰天後の『北斗の拳』の特徴は大して強くもない凡庸な男が命を賭して大戦果を挙げることだ。その嚆矢がアインである。

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三十一篇全比較 18.新伝説創造篇 137-139話(全03話)

 この帝都にまつわる話はよく日本の戦中天皇制をモデルにしていると云われるが、他の…例えば『男大空』などと違うて『北斗の拳』は天皇家を醜く悪どく描こうとはしていない。寧ろ非力にして権威を横領された天帝ルイを哀れげに描いていた。これは東京裁判が昭和天皇の罪を問わなんだ史観とほぼ一致し、この辺り、武御大は自衛隊に居た人だ。東京裁判の判決を政府が受入れたように受入れ、中庸、穏当な史観をお持ちである。明らかな反日左翼の雁屋哲とは随分違う。このことについては別に章を立てて詳しく論じる。

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三十一篇全比較 17.拳王様御帰天篇 131-136話(全06話)

 はじめに指摘したように、この篇は「KING篇」のシンメトリである。殆ど同じお話といってよい。ラオウ様が御帰天なされた時、リハクは「巨星落つか…」(JC:16:041)と呟く。それとシンが死ぬ第十話のタイトルが「巨星堕つ時」であったことは決して偶然ではない…と思う。ラオウ様とシンは同じ「巨星」と呼ばれる同一人物なのだ。
 但しシンの頃に比べて随分世界の有り様が違う為、それに応じて書換えられた箇所は無視出来ない。例えば「執念」が「愛と哀しみ」になり、「怒り」が「一握りの想い」になり、「同じ女を愛した」が「取って代られることを望んでいた」という工合である。これはシンの頃には渇いて殺伐とした世界であったのが、ラオウ様の頃には潤いある湿気た世界に変化していることを示している。判り易い処では第一話冒頭でギラギラした太陽を背負うたケンシロウが「み…/水…」(JC:01:016)と呟いてフラフラとリンの居る村に至るが、この「拳王様御帰天篇」冒頭ではなんと雷雨に見舞われたバットが「フェ〜〜/やっと止み/やがった!」と零している。タキが命を賭してたった一杯の水も得られなんだ頃が懐かしい。
 ユリアが「五車の星を/失った天も/哀しんでいる」(JC:15:116)と云うていたことから、『北斗の拳』の世界では天候と天の感情は一致している。少なくとも作家は意図して一致させている。弔事の日の雨を涙雨というが、『北斗の拳』世界は真の意味で涙雨が降る世界なのだ。但し第一話の頃は天の心も荒れて涙など流さなかった。それが度重なる弔事続きで天の心も湿り、やがてフドウの死に涙するに至り、以後ラオウ様御帰天以後暫く泣き続けるようになった(JC:17:150)、ということではあるまいか。
 多分リハクの「ラオウ/ケンシロウ/そしてユリア様が/いなかったら/この世は/永遠に」「闇に閉ざ/されて/いただろう」という評はこのことを意味するのだろう。ユリアを巡るラオウ様とケンシロウの涙なくしては語り得ぬ戦いが天の心を取戻した、ということではないか。或いはリンが記憶を失うたことをケンシロウが知って敢て無視した時は雨とユリアの涙が一致していた(JC:27:059)ことから考えると、もしかすると「五車の星を/失った天も/哀しんでいる」は天ではなくユリアの哀しみを表現していたのかも知れない。とすると、「天」とはユリアのことか。

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三十一篇全比較 16.ユリア争奪篇 121-130話(全10話)

 「天翔る天狼篇」がリュウガの一人称だったように、「ユリア争奪篇」は實はラオウ様の一人称で綴られている。ジュウザが死ぬ時から物語の視点はこっそりラオウ様に遷っていたのだ。だから序破急、起承転結、どちらを見てもラオウ様を描いてはいない。ラオウ様の目を介してケンシロウの強さを描いている。
 人はラオウ様を"影の主人公""裏の主人公"などと呼ぶが、その由縁は将にこのラオウ様視点に拠る。何故なら普通の作品はボスキャラの強さを描きこそすれボスキャラから見た主人公の強さを描きはしないからだ。特に最終決戦前である。普通の作家は"最強のボスキャラに挑む主人公"を描きたがる。それを"最強の主人公に挑むボスキャラ"で描いてしまうのだから尋常ではない。最早主人公とボスキャラの立場が顛倒してしもうている。
 つまりこの篇以降の主人公はラオウ様なのだ。
 こういうボスキャラを描いた例は餘りない。儂は寡聞にして『機動戦士ガンダム』のシャア・アズナブルくらいしか思いつかない*1。時代のものなのか、武御大と富野由悠季が共有する世代文化なのか、このラオウ様の変化は實にシャア・アズナブルに似ている。最早ゲルググに乗ってさえガンダムに及ばなくなったシャア・アズナブルが死んだララァ・スンに「私を導いてくれ」と云うが如く、不敗の拳"天将奔烈"さえ通じなんだラオウ様が「ユリア、私を導いてくれ」とばかりにユリアを殺害し、シャア・アズナブルが「私にも見える!」と云うたが如くに同じくラオウ様にも"無想転生"をまとう…という工合だ。
 シャア・アズナブルとラオウ様の比較は別に章を立てて詳しく行う為、此処では細かくは触れないが、ラオウ様がシャア・アズナブルと比較し得ることは、儂にとっては重要である。何故なら此処にボスキャラが裏主人公になる道筋が見えるからだ。要は強くなり過ぎた主人公はボスキャラになるしかなく、主人公に負けて尚生き存えたボスキャラは主人公的に振舞うしかない、ということなのだと思う。これを基準に見渡せば、描き方は違うが『DRAGON BALL』のベジータ、『DRAGON QUEST ―ダイの大冒険―』のハドラーなど、類似例を探せば意外にいる。ただ、最後まで主人公と敵対しながら…という例はラオウ様とシャア・アズナブル*2くらいしか知らない。

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aside

*1
 『あしたのジョー』の力石徹も似ていなくはないが、どちらかというと矢吹丈は最後まで力石と対等ではなかったように思う。
*2
 とはいえシャア・アズナブルも一時はクワトロ・バジーナとしてアムロ・レイと共闘している。

三十一篇全比較 15.南斗最後の將篇 110-120話(全11話)

 前篇でリュウガが選んだユリアの花婿を五車星が迎えに行く、というお話で、ユリア生存はこの篇ではじめて読者に知らされるが、實はリュウガ登場で既に兆してあった為、連載当時のことを顧みるに、儂はそう驚いた憶えがない。嗟乎、成程、とすんなり受入れたように思う。ケンシロウの驚きようが温和しく、演出も抑制されていた為かも知れないが、多分これは武原堀三御大の狙い通りだろう。流石『北斗の拳』、『リングにかけろ』みたいに墓からドバッと腕が飛出すなんて演出はしなかった。

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三十一篇全比較 14.天翔る天狼篇 105-109話(全05話)

 リュウガは変な人だ。その不可解な行動故に北斗istの間でも長らくリュウガが何を目的に登場した人なのかは殆ど理解されず、単にトキを殺す為だとか、間保たせだとか、時には失敗作だとか云われてきた。儂はユリア再登場をそれとなく予告する為だと考えていたが、人に話すと後知恵だとかジャンプ漫画がそんなことを考えていたわけはないとか評判は芳しくなかった。然し北斗istでも知らぬ人が多いようだが『大阪芸術大学 大学漫画 vol.4』*1で掲載されたインタビューを読むと儂の説が正しかったらしい。

――当初、連載は3年と決っていたそうですね?
 ええ。編集部は、連載開始を渋ったくせに、約束の3年目がくると今度は連載終了を渋った(笑)。「ユリアを生き返らせろ」と言ってきたんです。車田(正美)先生の『リングにかけろ』あたりから始まった、例の、死んだ人間が生き返る「ジャンプ方式」ですね。僕は「それだけは絶対嫌だ」って言ったんですが、堀江さんに「オレがちゃんと1年かけて、ストーリーに不自然が生れないように伏線を張るから」って説得されて。

 どうも原御大が車田正美を軽蔑しているように読めるが、それは措くとして、三年目といえば連載開始満二年、丁度連載百回に差掛かる辺りである。リュウガはこの頃に登場し、死んだキャラクタだ。これでリュウガの登場目的は明らかであろう。間違いなくリュウガはユリア再登場をそれとなく読者に報せる為に登場したのだ。だからユリアの兄でなければならなかった。
 然しそれまで単なる美しい故人だったユリアがえらい出世である。リュウガは「この世の為」と割切ってラオウ様とケンシロウ、どちらが時代を担うに相応しいか比較する為に敢て狂気の殺戮に及ぶのであるが、これが後のラオウ様とケンシロウによるユリア争奪を兆すのなら、リュウガは明らかに「ユリアの為」の婿選びと「この世」の行く末選びを混同している。そして事実リハクやフドウはこの後のユリア争奪と「この世」の行く末を不可分に結びつけていた。
 この篇の物語は「ユリアの為」と「この世の為」を結ぶことではじめて理解出来るように作られている。逆に云えばリュウガが「ユリアの為」と「この世の為」を結びつけている。次篇以降でも「ユリア」と「この世」の関係は實は曖昧なのだが、リュウガ→五車星が「ユリア」と「この世」を仲介していたので、当時の読者はその曖昧な関係に殆ど誰も気付いていない。その割を食う恰好でリュウガの評価が曖昧になったが、敢て魔狼に落ちたリュウガである。抑も理解者を求めてはいなかった。「ユリア=この世」を誘導出来れば読者にすら理解される必要はなかった。

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aside

*1

三十一篇全比較 13.宿命の兄弟篇 098-104話(全07話)

 前篇の最後で「もはや/わたしが/手をかす/男ではない」(JC:11:173)とケンシロウの才能の開花を認めた「万人のために/生きた男/トキ!」が「初めて おのれの/願望のために/戦う気になった」(JC:12:095)というお話。はじめトキは「北斗神拳は/一子相伝!!」「あの男の拳を/封じねば/なるまい!!」(JC:11:181-182)と理由を挙げたが、いやいやそれは方便に過ぎない。トキは憬れ愛し追い続けたラオウ様とただ戦いたかっただけだ。「わたしの/死期は/近い!」「ならば/わたしも/ひとりの/拳士として/この生を/まっとうしたい」(JC:11:195)。これが全てである。
 してその内容は、どういう造りになっているか。

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三十一篇全比較 12.聖帝サウザー篇 083-097話(全15話)

 サウザーはラオウ様でさえ迂闊に手を出せぬ大敵である。ケンシロウは「拳王様御出馬篇」でラオウ様と何とか引分けたが、それはトキとレイの献身、マミヤとリンの奮闘があってのこと、決して一人でラオウ様と引分けたわけではなかった。そんなケンシロウがラオウ様に匹敵するであろうサウザーと闘うのだ。案の定ジャギや牙一族くらいの調子で戦いを挑んであっさり敗れた。
 それまでは絶対の勝利が約束されていたケンシロウであるが、「カサンドラ篇」で戦いの最中気絶する危機に陥り、「拳王様御出馬篇」ではレイやトキ、マミヤの献身がなければ死んでいたであろう危機に身を曝し、竟には「聖帝サウザー篇」で敗北、絶体絶命危機に瀕する。最早ケンシロウが己を上回る敵を相手にし始めていることは明らかだ。このままではいつか死ぬ。
 だから成長せねばならぬのだが、困ったことに『北斗の拳』は「魂が肉体を凌駕する」世界の物語である。身長185cmのケンシロウが身長20m程のデビルリバースに勝つ世界の物語である。凡百の少年漫画で描くが如き修行や鍛錬では何もならない。では如何にすればケンシロウは成長出来るのであろう。
 『北斗の拳』は意外やその答えを周到に用意している。先づラオウ様が「拳王様御出馬篇」にて二つの方法を暗に示して下さったことを思い起こされよ。先づは「激流の拳=剛拳」である。然しこれではラオウ様に勝つことは適わぬ。何故なら「ラオウの拳も/ケンの拳も/同じ激流!!/闘気を発する/いわば剛の拳」である(JC:08:122)。「闘気とは/非情の血に/よって/生れるもの」、ケンシロウも「シンや/レイとの非情の/闘いの末に闘気を/まとうことができた」。だがラオウ様とケンシロウでは「非情さがちがう」(JC:08:136)。ラオウ様は「養父/リュウケンをも/その非情な手に/かけた!!」からだ。ラオウ様は己の野望の為に師父殺し、實弟殺し、女殺しでさえも進んで出来る「非情の権化」なのだ。「激流に対し/激流で/たち向っても/のみこまれ/砕かれる/だけだ!!」。だからもしケンシロウが「激流の拳」でラオウ様を倒さんと欲するならケンシロウはリンを殺せるようでなければならない。ケンシロウに出来るわけがない。
 故にケンシロウはもう一つの方法、「静水の拳=柔拳」を選ぶしかないが、これはまた別の問題がある。というのも、「静水の拳=柔拳」が何に基づく拳なのか解り憎いのだ。實はきちんと説明されているのだが、読者はおろかケンシロウらにも解らぬように描かれているのである。

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三十一篇全比較 11.裏切りのユダ篇 073-082話(全10話)

 このお話は怪我を負うたケンシロウとラオウ様を休ませ、代りにレイの退場を華々しく飾った最後の十話だ。レイはNo.2キャラクタとしては別段突出した特徴はなく、まぁ云ってしまえば凡庸なNo.2キャラクタであるが、このひたすら辛く悲しい別離があるからこそレイは『北斗の拳』で最も心に残る印象深いNo.2キャラクタになれたのだと思う。この単純で情熱的な気性も、こうやって死んだから煩くなく美しい想い出として振返ることが出来る。もしこれで生残っていたらきっとヤムチャ化しただろうからなぁ…。
 ケンシロウにとってもレイは特別な存在だった。ケンシロウが「強敵」と呼ぶ者は殆どが敵で、味方であってもトキやシュウは年長、バットやアインは拳力で頼りに出来ず、いずれも対等の「友人」ではなかった。だがレイだけは、殺されたコウの復讐の為ケマダを殺した夜明けには雑談しながら水を呑み、マミヤをセミヌードにしてケープを被せたレイの心を斟酌し、戦癰で動きを封じられた時には殺人鬼トキの正体がアミバであると教わって助けられ、拳王侵攻隊が西に向うていると知れば先づはレイに任せるなど、お互い腹を割って話合い、力を信じ助け合うことが出来た対等の友人であった。多分生涯通じてもケンシロウには「友人」と呼べる者はレイしかいなかった。だからだろう、ラオウ様の時、カイオウの時、ユリアの墓前でマミヤに語る時、レイは強敵の遺影の中で最もケンシロウに近い好い位置に描かれていた。

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