こんな何者だかわからない人の
感想なんてどうでもいいわ!

北斗の拳 蒼天の拳 DFS 北斗の庭園
才兵衛の感想
- Impression -

 当サイトの制作者愛忍者才兵衛が『北斗の拳』『蒼天の拳』関連商品に抱いた感想や思い出話を公開しています。勿論ネタバレあります。


週刊コミックバンチ 2009 No.46

 伊東鉄五郎のデザインが頗る良い。いいね、こういう歴史物に人外を描くのって勇気が要るもんだが、『蒼天航路』なんか惜しげもなくやって面白かったもんな、『伊達の鬼 軍師片倉小十郎』にも見習って欲しいもんだ。

『義風堂々!! 直江兼続 前田慶次 月語り』

 前も思うたが、お船様ほんと鎧姿が似合わんなー。

『蒼天の拳』

 もう無理だって、やめとけって、な、お前の為だって、ヤサカ、チャンス二度も貰ってんだからそろそろ聞き分けような? な?
 然し前回のラスト、あれ演出で光ってたわけでも霊力で光ってたわけでもなく、物理的に光ってたんだね。

週刊コミックバンチ 2009 No.45

 うっかり更新すんの忘れてた。

 それより信じられるかい? 岩倉具視って、加山雄三の先祖なんだぜ…!

『伊達の鬼 軍師片倉小十郎』

 前回書くの忘れたけど、確か政宗って「政宗」の名を襲名するの嫌がってなかったっけ。そんな話があったような気がする。なんで嬉しそうに描いたんだろう。
 四天王だけどさ、原田宗時は半端じゃないかな……三傑より一段落ちる扱いなんだもん。あと成実より綱元の方が強そうに見えるんだが、常識的には成実の方が強そうに見えて然るべきじゃないかな。なんかこの作品は我らとは違うルールを採用しているような気がするよな。

『義風堂々!! 直江兼続 前田慶次 月語り』

 デザインはイマイチだったけど景虎に見せ場があって良かったね。然し本作は遠山や快川紹喜みたいなサブサブキャラのデザインが佳いでやがるぜ。

週刊コミックバンチ 2009 No.44

 友人と話していても「『全能のノア』、どこというわけではないが不愉快だ」という話になった。何が原因なんだろう?

『伊達の鬼 軍師片倉小十郎』

 何か変だと思うたら、そうか、とても廃嫡騒動が起りそうに見えない処が変なんだ。どう見ても一枚岩なんだよ、この伊達家。義姫様をもっと早くに登場させておくべきだったね。あと政宗が明るくて政宗っぽくない。というか伊達家じたいをもっと暗く描かないと東北っぽくないよ。
 時代劇は「っぽさ」が大事で、それを無視すると時代劇が成立たないんだ。その点は原御大、實に巧く使いこなしていたなぁ。絵がリアルタッチだから気付かれにくいけど、原御大は實に漫画的記号を多用する作家で、『花の慶次 ―雲のかなたに―』も『影武者徳川家康』も台詞回しや作劇で巧く時代劇してたんだよね。實に様式がかった処が實に時代劇なんだ。
 それと比べるからだろうけど、本作は時代劇出来てないんだ。なんか大声で喚いて誤魔化してるけど、時代劇ってそういうことじゃないんだなぁ。

『義風堂々!! 直江兼続 前田慶次 月語り』

 一方此方は巧く時代劇になっている。直江兼続という歴史人物と本作の樋口与六がまだ巧く重ならないが、これは巧く時代劇になっている。時代劇って様式だからね、別に景色や衣裳が時代劇なら時代劇ってわけじゃないのよ。
 見た目がイマイチだった景虎だったけど、今回の話で血が通ったかな。物凄く佐々成政だったよね。小便鉄炮を食らえーいは兼続にはさせられない芝居だったけどね。

『蒼天の拳』

 なんだヤサカ、雷暴神脚使えんじゃん、これなら太炎には勝てそうだね、実際あっさり横を抜かれてるし。宗武先生なら止めてたもんね。こんな些細な描写で設定上の矛楯がないってのは難しいんだぜ。『北斗の拳 ジャギ外伝 極悪ノ華』でも修行中とはいえケンシロウがアンナに背後をとられてたりするからね。
 ヤサカ、聖碑を壊しちゃったけど、これ、北斗神拳の歴史を刻む為にあるんだとしたら、毎世代必ず情報を更新しなきゃならんってことだから、多分伝承者の義務にあるんだろうね、北斗神拳を伝承して天授の儀を終えたら聖碑を建立しなきゃいけないって掟があるのでしょう。
 ………あ、そうか、ケンシロウめ、ユリアをモデルに木彫りの胸像作ってたけど、それはこの聖碑を建立する為のお稽古なのか。女人像も作らんといかんからね。然し毎世代毎世代、北斗神拳伝承者は彫刻が巧いなぁ、たまにえらいド下手も居たんだろうね、「えっ、これが女人? ゾウムシとバッタが交尾してる像だと思ったよ」みたいなのを作る野郎も何人か居たと思うよ

週刊コミックバンチ 2009 No.42・43

 坂本龍馬のこと餘り好きじゃないんだけど『天翔の龍馬』は一寸面白そう。先づ絵が巧いよな。人物の描き分けも巧いし、齣割もほぼ完璧じゃないか。『TOKYO23』の頃は空気だったんだけど、巧かったんだな、この人。
 でも矢張り『コンシェルジュ』の漫画の巧さが際立ってるなぁ。よくこんな話を退屈させないように描けるもんだ。本当に巧いなぁ。
 あと北条さんの写真が格好良すぎる。

『義風堂々!! 直江兼続 前田慶次 月語り』

 河田長親を使うか……設定が巧いなぁ、この話、余程練って作ってあるなぁ。合戦シーンがイマイチ少いのが不満だが、設定は巧い。

『蒼天の拳』

 おいおい、ヤサカよ、お前もう絶対勝てないよ、張太炎にそんな藝でまで負けて、どうすんだよ、お前に何か特殊技能あんの? お得意の卑怯は既に劉宗武先生相手に通用しなかったし、もう絶対無理だよ! やめときなって、一度帰ろう、な?

『伊達の鬼 軍師片倉小十郎』

 話の脈絡は面白かったけど、二週続けてこの手の話だから、なーんかノロノロしてるなぁ。

週刊コミックバンチ 2009 No.41

 すっかり書くの忘れてたので一週遅れで書くよ。

『義風堂々!! 直江兼続 前田慶次 月語り』

 そういや次郎坊って儂が前に書いた「強さを信用出来る従者」だなぁ。やっぱり兼続ってイロモノ武士に愛の前立て割られちゃう人だからなぁ、滝川一益やら佐々成政の顔が『花の慶次 ―雲のかなたに―』と強要されてるから同じ世界の話であることが確定しちゃったもんね!

『伊達の鬼 軍師片倉小十郎』

 どう表現すりゃいいんだろう。取り敢ず米沢にしちゃ毎回毎回天気が良すぎるよね。もう一寸寒い感じが欲しいなぁ。政宗が明るすぎるのも似合わないなぁ。

週刊コミックバンチ 2009 No.40

 一日に二度も感想を書くとはな。

『義風堂々!! 直江兼続 前田慶次 月語り』

 あー、そういうことかー、勝頼と対比させたかったわけかー、そういやこの世代って「俺たちの時代」だったんだな、信玄謙信氏康という超人たちの次の世代で、上の超人どもが超人すぎて苦労が多い世代なんだ、その世代交代を描きたいわけだ、『へいげもの』の利休と織部の関係だね。
 次郎坊は骨的な黒夜叉だね。

『伊達の鬼 軍師片倉小十郎』

 うーん、少女漫画っぽい表現力でアクションがイマイチなにやってんのか解り憎いなー。とび丸のキャラクタも定まってない感じだし。でもやろうとしていることは明かなので筋は追いやすそう。でも左月が格好良くないのが一寸なー。

週刊コミックバンチ 2009 No.39

 先週は旅行の準備に忙しくて暇がなかったから今書くぜ。

『伊達の鬼 軍師片倉小十郎』

 鬼庭左月が出て来たのは嬉しいが恰好良い出方じゃないなぁ。死に方が恰好良い武将なので、連載中に死ぬだろうから感動させる準備しときゃいいのに。
 あと山本勘助登場で不安になったよ。なんか有名人の名を散りばめといて「それらに認められてる主人公」みたいな作り方は、第二話からやるには早過ぎると思うのさ。『グラン・バガン』を思い出したよ。不安だなぁ。あと「気配をまったく/感じさせなかった!?」の演出が巧くいってない。

『義風堂々!! 直江兼続 前田慶次 月語り』

 快川紹喜が最凶死刑囚のようだよ! 潜水艦の監獄から脱出出来そうだよ!

週刊コミックバンチ 2009 No.38

 『裁判長 ここは懲役4年でどうすか』の最後三頁がよかったよ。

『伊達の鬼 軍師片倉小十郎』

 「片眼」とか二人一対とかいうテーマって、多分『銀河英雄伝説』が直接的な起源になってるよなぁ。まぁ、現代の創作物で全く影響を受けてないのを探す方が難しいんだけど、なんか食傷気味だなぁ。
 あと「伊達の鬼」といえば鬼庭左月斎だよな!

『義風堂々!! 直江兼続 前田慶次 月語り』

 そうそう、こういう交渉とかやってる兼続が見たかったんだよ。然し景虎がもう敗北臭ぷんぷんしてきた。残念。

『蒼天の拳』

 ヤサカお前まだ勝てる気でいたの? 無理無理無理無理、絶対無理だってー、お前、見てたでしょ? お前じゃ無理だって、勝てないって、どんな卑怯な邪拳を使ったってぜっっっっっっったい勝てないって!

週刊コミックバンチ 2009 No.36・37

 『コンシェルジュ』の廊下の描き方、儂は知ってたぜ! 美術書を読むとやり方が載ってるぜ。但し漫画畑から出て来る人の中には知らない人が(結構)居るだろうなぁという感じはするし、面倒だからやってない人も多いと思う。

『義風堂々!! 直江兼続 前田慶次 月語り』

 間違いだったら悪いんだけど、確か「与六」とか「小六」「又六」みたいな名って単なる輩行じゃなかったかなぁ。
 支那人と違って日本人は好い加減だから確定的なもんじゃないんだけどね、漢文化圏では同一族の同世代は兄弟として扱われるもんで、例えば何某太郎に一カ、二郎、三郎、四郎、五郎という五人の息子が居たとすると、最初に子を為したのが二郎だったらその子が次世代の一カになり、次に一カ家に子が生れればその子が次世代の二郎、次に四郎家に生まれればその子が次世代の三郎になるのよ。同じ親から生まれた兄弟と従兄弟を区別せずに一、二、三、四、五、六…と付けていくんだね。親の名と紛らわしいと思われるかも知れないが、その頃の貴族や武士は頻繁に改名するし、改名しない庶民でも「三郎の四男」を意味する「三郎四郎」なんて呼び方があったから問題なかったのよ。清水の次郎長が有名だね。本名は山本長五郎だったけど、親が次郎だったから、次郎の子の長五郎、という意味で次郎長と呼ばれてたんだよ。茶屋四郎次郎も世良田二郎三郎も同じ理窟だね。
 ほいで、一族で統一した数列を使うわけだから、昔のこと、一家に六男七男は当り前に生まれる。すぐに「十郎」まで埋まってしまう。とすると、そこからは十一郎、十二カになりそうなものだが、みなさん、そんな名を見掛けたことが餘りない筈だ。では、どうするのかというと、「十」以降は「与一」「餘一」「又一」とつけるんだね。「与太郎」「餘太郎」でもいい。「与」や「又」の字義を考えれば理窟は解るよな?
 だから樋口与六の「与六」は樋口一族の十六番目の男児を意味するだけの名である筈なんだ。まぁ、十進法ではなく五進法で数える場合もあるから、六番目かも知れないのだけどね、その辺りはほら、病死したり死産の子を数える場合もあるから、正確なことは判らんよ。でも、この「与六」にはこれくらいの意味しかない筈なんだよ。

 それはそれとして、柿崎晴家が『銀河英雄伝説』のオフレッサー上級大将みたいで好いですね!

『描線の流儀』

 原哲夫御大のインタビュー記事。『少年リーダム』に合わせてきたわけですな!

『蒼天の拳』

 流石に十頁じゃ感想書きにくいな…。

『北斗の拳 ジャギ外伝 極悪ノ華』

 成程、騎乗位の頃には「わからな」くなってたんだね、アンナごと頭がすっ飛んでて、北斗神拳のこと…というか三兄弟に対するコンプレックス以外なくなってたんだ、気が狂ってるからアンナのことすら忘れ…じゃないな、「わからな」くなっていたわけだ。それでアンナの亡骸を放置出来たのだな。バイク乗ってるときに出て来たのは、バイクとアンナが結びつくからだろう。バイクを憶えたのはアンナの影響だからね、その間だけはアンナのことが判るということか。

 然し本当に可哀想だなぁ。何の望みも叶わなかった。アンナとともに北斗七星に誓ったことが、全くどうにもならなかったんだから。まぁ、アンナの言葉が身に染みてケンシロウが甘さを捨てられたことが、或いはジャギの救いになるかも知れないが。
 というのも、ケンシロウは、ジャギがなりたかったジャギを体現した存在だ。ラオウ様もトキも追抜いて伝承者になったわけだから、ケンシロウは最大限成功したジャギの理想像であったと云える。原作でもジャギはケンシロウの贋物として登場している。「北斗神拳伝承者」ではなく「ケンシロウ」を僭称していたことから、ジャギはケンシロウになりたがっていた。ケンシロウの存在を乗っ取ろうとしていた。
 ジャギはケンシロウになりたかった。だがケンシロウにはなれなかった。一方のケンシロウはアンナの言葉が身に染みて成長し、その結果伝承者の座を得た。ジャギもアンナの助言を得ていたが、ケンシロウのようには成長出来なかった。
 これは皮肉のようだがジャギがケンシロウの負の性質を背負う裏面であると考えれば当然の結果である。何故なら「アンナの言葉で成長出来る者」の呼び名が「ケンシロウ」なのだ。その負の性質を背負う「ジャギ」は「アンナの言葉で成長出来ない者」のことである。ジャギは「失敗するケンシロウ」であり、ケンシロウは「成功するジャギ」なんだから、ケンシロウが成功する全てのことでジャギは失敗してしまう。だからラオウ様に挑んでも勝てないし、トキにすら軽んじられる。逆にケンシロウはジャギがしたかったことは全て出来る。ケンシロウがトキを超え、ラオウ様を超えることが出来たのは、ジャギがそう願うていたからだ。ジャギの理想像であるケンシロウは、ジャギが思い描く全てのことが出来る。
 このような詭辯的解釈が許されるならば、ケンシロウはジャギであり、ジャギはケンシロウである。そのケンシロウがアンナを想うことでのみアンナは救われる。そのことでのみジャギも救われる。ジャギの願いは全てケンシロウが叶えられるのだ。

 だからケンシロウめ、サウザーとカイオウに負けてしまうのだな。ジャギはサウザーとカイオウのことを考えなかったもの。

『花の慶次 ―雲のかなたに―』

 次回は「有難きものでは御座らんか!」だな!

週刊コミックバンチ 2009 No.35

 『全能のノア』、ちゃんと面白いんだけど何か気に食わないなぁ、なんでだろう。
 あと山本会長は普段の主張の説得力を自らの作品で無にしていると思います!

『義風堂々!! 直江兼続 前田慶次 月語り』

 北条氏康が格好良く描かれていて良かった!
 兼続が景勝を驚かせるシーンがホモっぽい(まぁ史実そうなんだろうけど)ことを気にしなければ、兼続のああいう論理展開は非常に兼続っぽくていいですね。「お前らの道具は茶道具か知らんが俺らは武具だ! 文句あるなら来いやコラァ!」と徳川に喧嘩を売れる兼続っぽさが出ている。彼我の戦力を考える前に観念、理念を優先しちゃう人なんだね。普通そんな人はすぐ負けちゃうんだけど、直江兼続は尋常でない才能があって、うっかり勝っちゃうんだ。窮極、同じく才能ある徳川とやり合うと、リアリストの徳川が勝つんだけど、生憎上杉家中には兼続より才能がある人が居なかったから、そんな無茶をしても勝てた。
 現実に居たら迷惑この上ないんだけど、見てる分には恰好良いのが上杉の家風で、そんな上杉家中にあって、こういう無茶を言う兼続は實に上杉らしいんだ。いいよ、兼続。

『北斗の拳 ジャギ外伝 極悪ノ華』

 ケンシロウが老けたーっ! アンナを看取ってから何日後だオマエ! 老けすぎだろ、老けすぎだろーっ!
 八悶九断の行が改変されたわけだけど、これでまた文句云う人いるだろうなー、別に原作が修正されたわけでもないのに、そういう区別が出来ない頭の悪いのが可成り沢山いるからなぁ。こういうのは「およそこういうことだった」と読めばいいんだけどねぇ。
 手前はリュウケンの「すまん/………」「………」「………/すまん」「すまぬ……/我が子ジャギよ」が良かったからいいよ。矢張りヒロモトさんは情念を描く人だね。物語を描くんでなくて、気分や感情を描く人なんだよ。
 勘違いしちゃいけないのが、情念を描くというのは物凄く論理的な作業で、作者が論理的でないとキャラクタの情念は描けないということだ。だから気分のままに描かれた『北斗の拳 レイ外伝 蒼黒の餓狼』の心理描写は支離滅裂だったでしょう。近年では『HUNTER x HUNTER』の「キルアは関係ないから」の行が凄かったなぁ、あんな心理描写、作者が論理的でないと絶対描けないもんな。
 本作は殆ど情念だけを描いた作品で、あの健気な少年だったジャギが歪むに充分な出来事をきっちり描ききった。物語に多少の綻びはあるが、要はジャギにとって北斗神拳がどういったものに「見えていた」かを描いているのであって、記録映像を作っているわけではない。あの荒々しい絵を含め、これはジャギの心象風景なのだ。
 ほんっっっっっっっっとにジャギは可哀想だなぁ。ジャギが歪む理由についてきっちり論理的に描かれていて、そりゃ歪むよ、と思うもん。ヒロモトさんは本当に、尋常でなく心が強い。普通、あんなに気を入れて描いたアンナを、あんな目に遭わせられないもんな、……うっかり書いちまった、駄洒落じゃないぜ。
 次回、いよいよ最終回だ。本作はほんとに先読みがし難い作品だったぜ。ヒロモトさんの台詞や絵のセンスが並外れているから、凡夫の我々には見通せないんだな。儂にはあんな犬描けないし、「極悪魔」みたいなフレーズも思い付かないもん。上巻の表紙も凄いよ。それで凄くジャギっぽい。ジャギを主人公にするだけでもアレなのに、内容がこれだもん、リュウケン外伝に続き本作も「怪作」と呼ぶに相応しい、素晴らしい作品であったよ。『北斗の拳』の外伝としてではなく、漫画として可成り好きだよ、儂は。

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